本研究では、一昨年度、昨年度に引き続きDNA損傷が起きた際の細胞応答機構の一つである細胞老化という現象を分子レベルで解明することを目的とし、細胞老化実行に関与する遺伝子の同定とその機能解析を行った。これまでの研究において、DNA二本鎖切断を引き起こす薬剤であるエトポシドの処理濃度を変えることによって、細胞老化とアポトーシスを選択的に誘導し、DNAマイクロアレイ比較解析によって老化細胞で特異的に高発現する遺伝子を20種類同定することに成功している。更に、アポトーシス誘導時に比べ細胞老化誘導時に特に発現が高いもの、および発現のp53依存性から6種類の遺伝子に絞り込み、その中からD-amino acid oxidase(DAO)に注目して解析を進めた。細胞にDAOを過剰発現させたところ、細胞増殖が抑制され、細胞老化指標であるSA-β-Galの活性が上昇した。一方、DAOの阻害剤CBIOを用いて解析を行った結果、SA-β-Galの活性上昇が抑制され、細胞増殖能の回復を促すことが分かった。DAOはD-アミノ酸を代謝分解し、副産物として活性酸素種を産生する。そこで活性酸素種含量と酸化ストレス関連分子の発現を解析した結果、DAO過剰発現細胞では、DNA損傷時に活性酸素種が上昇し、更に活性酸素種による制御を受け細胞老化を制御するp53やp21の発現が上昇していた。逆に、DAOの阻害剤を処理した場合、これらの因子の発現抑制が観察された。また、HepG2細胞内にはL-アルギニンと同程度のD-アルギニンが検出され、DAOの基質となっている可能性が示された。以上の結果から、DAOはDNA損傷時にp53依存的に発現上昇し、D-アミノ酸の代謝を介して活性酸素種を産生することによってp53の正のフィードバック効果を誘導し、細胞老化を促進すると考えられた。
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