がんの進展過程において、遺伝的背景が異なる複数の変異細胞のサブクローン (遺伝的不均質)が存在することが示されている。このようながん組織の遺伝的不均質性は、薬剤耐性のみならず、細胞間相互作を介したがん細胞の増殖能や浸潤・転移能の促進にも関与すると考えられている。しかし、複数の変異細胞サブクローンによる遺伝的不均質性がいかにしてがんの進展を促すのか、その分子機構については不明な点が多い。本研究では、「Coupled-MARCM法」を用いて2種類の異なる遺伝子発現制御システムを介して組織内に複数のがん原性変異細胞サブクローンを作り出し、異なるがん遺伝子を活性化した細胞同士の相互作用により駆動される腫瘍悪性化の分子基盤を明らかにすることを目的とする。 これまでの本研究により、がん遺伝子Srcを活性化した細胞クローンとがん遺伝子Rasを活性化した細胞クローンがショウジョウバエ3齢幼虫の複眼原基の上皮組織中で混在した際、それぞれの細胞クローンが浸潤・転移能を獲得することを見いだした。重要なことに、Src活性化細胞クローンとRas活性化細胞クローンはいずれも単独クローンのみでは浸潤・転移能をもたない。すなわち、これら2種類の細胞クローンが混在する遺伝的不均質の状態においてのみ、両クローンが互いの浸潤・転移能を促進し合うと考えられた。そこで、その分子機構を遺伝学的に解析した結果、Src活性化細胞クローンにおいてNotchの発現が上昇し、Ras活性化細胞クローンにおいてNotchのリガンドであるDeltaの発現が上昇していることが分かった。さらに、両クローンの境界上のSrc活性化細胞内でNotchシグナルが活性化し、このシグナルがSrcシグナルと協調することで細胞の浸潤・転移能が誘発されることが明らかとなった。
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