研究課題/領域番号 |
25640102
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
森 直樹 神戸大学, (連合)農学研究科(研究院), 教授 (60230075)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | プラズモン / ミトコンドリアゲノム / 細胞質置換系統 / パンコムギ / Aegilops caudata / 進化的安定性 / 分子内組換え / サブリモン |
研究実績の概要 |
高等植物のミトコンドリアと葉緑体のゲノムは、核ゲノムとの複雑な相互作用を通じて細胞内の重要な機能に深く関わっている。本研究では、ミトコンドリアゲノムに焦点を絞り、他に類を見ない60世代(半世紀以上)の長期にわたる連続戻し交雑によって育成・維持されてきた細胞質置換コムギを用いて、1)異種核ゲノムとの共存下でのミトコンドリアゲノムの遺伝的安定性を実験進化学的に検証し、2)多様な小分子種からなるミトコンドリアゲノムの発生学的動態の実相を明らかにする。これらの成果に基づき,互いに相反するかのような植物ミトコンドリアゲノムの2つの特性、すなわち、進化的安定性とダイナミックな発生学的動態が両立している機構の解明を試みる。 本年度は、上記2)の「ミトコンドリアゲノムに存在する反復配列を介した分子内組換え」を中心に研究を進めた。そのために、パンコムギ品種Chinese Springのミトコンドリアゲノムの配列から、ゲノムあたり2コピー存在する順方向反復配列を選び、これらの間で組換えが起こった場合に生じる組換え型分子をqPCRを応用して定量化する方法の開発を行った。用いるプライマーや鋳型DNAの濃度など様々な実験条件の詳細な検討の結果、組換えによって生じる分子の正確な定量法をほぼ確立できた。この方法を用いてChinese Springにおける分子内組換えをモニターしたところ、分子内組換えが異なる組織で広く生じていること、また、組換え分子の生成量は大きくても2%と、当初の予想よりも遙かに小さいことが明らかになった。 今年度は上記に加えて、Ae. caudataの細胞質を持つ細胞質置換コムギ(C)-Tve から再構築されたAe. caudataの細胞質をもつAe. cylindrica (核ゲノム:CCDD)を解析して細胞質ゲノムと核ゲノムとの間に見られた不調和について細胞遺伝学的に解析した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、これまでに細胞質置換コムギ(C)-T. aestivum var. Tveと、その核と細胞質の提供親系統ならびに復元されたAe. caudataとその再構成過程で得られた中間系統を用いて、ミトコンドリアゲノムと葉緑体ゲノムに存在するマイクロサテライト座の多型解析を行った。その結果、葉緑体とミトコンドリアゲノムでは明瞭なPCR産物が得られなかった1座を除く44のマクロサテライト座で変異がみられず、コムギのプラズモンは進化的安定性が高いことが判明した。 上記の結果を確認するため27年度に予定している細胞質置換コムギのミトコンドリアゲノムの全塩基配列の解析では、純度の高いミトコンドリアDNAの単離に大量の種子を必要とする。しかし、本系統は強い細胞質雄性不稔を示すことから、核ゲノム親であるパンコムギ変種Tveの花粉を使って戻し交雑を行い、種子増殖を行っているところである。この作業は、大きな労力を必要とするが、植物は順調に育っており平成27年の6月には十分な量の種子を収穫できると期待している。 今年度は上記に加えて、植物ミトコンドリアゲノム特徴である分子内組換えによって生じるサブゲノミック分子の定量法の開発に力を入れた。このためにパンコムギのミトコンドリアゲノムに2コピー存在する順方向反復配列を選び、これらをターゲットとしてqPCR装置による組換え型分子種の精密な定量法を検討した。その結果、解析に用いた全DNA中の組換え型分子種の相対量を正確に定量する方法をほぼ確立することができた。これを用いて、Chinese Spring の異なる組織で定量試験を行ったところほぼすべての組織において分子内組換えが起きていること、またその組換え頻度は高くても2%程で当初に予想していた頻度を遙かに下回るものであることが判明した。今後は、この定量システムを使って、上記の細胞質置換系統と細胞質提供親の間に分子内組換えの頻度に違いが生じているか検討する。
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今後の研究の推進方策 |
1)増殖した種子を用いて、細胞質置換系統およびその細胞質提供親と細胞質置換系統から再構成されたAe. caudataの3者のそれぞれからミトコンドリアDNAを単離・精製し、次世代シークエンサーによる全塩基配列の解析を行う。ここで課題となるのは、先の項目で述べたとおり、強い雄性不稔を示す細胞質置換系統(C)-Tveからいかにして大量の種子を得るかという点であるが、現在進行中の戻し交雑により最低限必要な種子が確保できるものと期待している。これに加えて海外のグループと共同で少量の組織から純度の高いミトコンドリアゲノムを精製する方法の開発も進めている。 2)26年度に開発することに成功した定量法を用いて、ミトコンドリアゲノムに存在する反復配列を介した分子内組換えによって生じるサブゲノミック分子種(サブリモン)の発生学的動態を解析する。パンコムギ品種Chinese Springのミトコンドリアゲノムの配列をもとに、分子内組み換えに関与すると思われる2つの反復配列(R9及びR13)を選び、根から穂にいたる様々な組織からDNAを抽出し、サブリモンの種類とそのコピー数を推定する。これによって、発生段階や組織の違いによる、ミトコンドリアゲノムの分子内組換えの動態の全貌を明らかにする。さらに、上で述べた細胞質置換コムギとその細胞質ドナーを用いて同様の解析を行い、細胞質置換がミトコンドリアゲノムの分子内組換えに及ぼす影響を明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究では、1)ミトコンドリアゲノム内に存在する反復配列を介した分子内組換えによって生じるサブゲノミックな分子の動態を解析し、細胞質置換が分子内組換えの頻度に影響を及ぼしているか、またコムギの植物体が発生していく段階において組換え分子の数に変化があるのかどうかを明らかにすることと、2)Ae. caudataの細胞質をもつ細胞質置換コムギである(C)-T. aestivum var. Tveとその細胞質提供親であるAe. caudata var. polyathera (KU6-2)のミトコンドリアゲノムの全塩基配列の決定を行い、両者のゲノムを細部にわたって比較すること、の二点について研究を計画している。そのための種子の増産や、解析手法の開発を平成26年度に重点的に行ったため、上記の2つの研究を平成27年度に行う予定である。塩基配列の決定や、qPCRによる解析には経費がかかるためこれに備えて次年度への繰り越しを行った。
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次年度使用額の使用計画 |
持ち越した研究費は、次の2点に重点投資する。1)コムギのミトコンドリアゲノム内に存在する反復配列を介したゲノム内組換えによって生じるサブゲノミックな分子の動態の解析。このために、今年度に開発したqPCRによる分子数の解析法を用い、まずはパンコムギ品種のChinese Springを使って種子からに登熟するまでの様々な組織における分子内組換えの動態を詳細に解析する。2)細胞質置換コムギ(C)-T. aestivum var. Tveとその細胞質提供親であるAe. caudata var. polyatheraのミトコンドリアゲノムの全塩基配列の決定。今年度に交配によって増殖した(C)-T. aestivum var. TveとAe. caudata var. polyatheraの種子を用いて、まずできるだけ損傷の少ないミトコンドリアを単離精製する。つぎに、これらから純度の高いミトコンドリアDNAを単離精製し、次世代シークエンサーによる塩基配列の解析を行う。
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