我々は、出芽酵母に人工遺伝子回路を利用してS-アデノシルメチオニン(SAM)レベルを高く保つような選択圧を加えると、選択圧に対する適応が誘導されるのみならず、それが選択圧消失後も安定に継承されることを見出した。本研究では、この適応現象についてゲノム・エピゲノム・トランスクリプトームの階層を跨ぐトランスオミクス解析を行うことによって、適応誘導の背景にある遺伝子回路の可塑性と適応した発現パターンの安定継承を司るエピジェネティクス機構の2点を明らかにすることを目的に研究を行った。 まず、適応株2種についてRNA-Seqによるトランスクリプトーム解析を行ったところ、レトロトランスポゾンTy1の発現誘導とSAM合成系遺伝子群の発現抑制を認めた。そこで解析対象の適応株の数を増やして、Ty1の発現レベルと細胞内SAM濃度の関連を検討したところ、両者の間に有意な相関が見出された。この発現パターンの形成に関わるエピジェネティック変化を検討すべく、ヒストンのメチル化や配置に影響を及ぼす遺伝子の破壊株を調べたところ、H3K4メチレースSET1の破壊株で適応株と同様のレポーター遺伝子誘導が見られた。適応株ではH3K4me3レベルが低下していた。次に、非適応株と上記2株について全ゲノム配列の決定を行ったが、転移は見出されず、染色体の異数性も見出されなかった。一方、別途単離した適応株については、ミトコンドリアゲノムの大規模欠失が見出され、上記2株の1株についてもミトコンドデータが得られた。 以上の解析から、H3K4me3およびミトコンドリアゲノムの適応現象への関与が示唆された。
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