研究実績の概要 |
原生生物が細胞外に分泌する物質(protistan extracellular exudates ,PECE)をシグナル物質・増殖促進因子として生育する細菌がいるとの仮説を立て,難培養性細菌を純粋分離・培養・保存する新たな手法を確立することを目的とした。 1. PECEが細菌の群集構造に及ぼす影響:中央をメンブレンフィルターで隔てた二槽培養器を用い3つの培養区を設定した。(1)一方の槽に淡水環境から採取した細菌群集を接種し,他方にモデル原生生物(繊毛虫,Tetrahymena thermophila)を接種した培養区。細菌群集・原生生物はこのメンブレンフィルターを通過しないが,PECEは通過する。(2)原生生物は接種せず,細菌群集のみを培養した培養区。これら培養区から適宜,細菌群集を採取してDNAを抽出し,PCR法にて16srDNA領域を増幅した。変性剤濃度勾配ゲル電気泳動(DGGE)法により,塩基配列の違いに基づいて増幅したDNAを分離し,細菌群集構造を解析した。ゲル上のバンドパターンを階層クラスタ解析した結果,各培養区ごとに明瞭に区分できるクラスタ構造は得られなかった。しかし,バンドパターンを詳細に検討した結果,(a)原生動物が存在するときのみ出現するバンド,(b)消失するバンド,(c)原生動物の有無に関わらず出現するバンドの,3つの類型を見いだした。 2. PECEを含む平板寒天培地にて集落形成能を有する細菌株の分離・培養:前年度に引き続き,PECEを含む平板寒天培地にて集落を形成した細菌株を,自然淡水環境から分離・培養した。 3. 分離した細菌株の細菌学的特徴の解明:PECEを含む平板寒天培地にて集落を形成する細菌株の基質利用能,最適温度・pH,PECEの有無による増殖速度の差異を調べた。 (4)細菌株の保存方法の検討:分離した細菌株をPECEを含む固形培地における室温保存,またはグリセロール溶液における凍結保存を試みた。これら培地に保存して数ヶ月または1年後,細菌が増殖可能であるかを検討する予定である。
|
今後の研究の推進方策 |
1. 平板寒天培地の作成法の検討:分離した細菌株がPECEを含む平板寒天培地において集落を形成した理由が,寒天とリン酸塩を別々に滅菌ためであるかを検討する。寒天と,PECEを含むまたは含まない培地を別々に滅菌して平板寒天培地を作成し,本課題で分離した細菌株を培養して集落出現の有無を観察する。PECEを含まない培地において集落が確認されない場合,PECEにより集落形成が促進された細菌株として,以後の研究に用いる。集落が確認される場合,新たな作成法にて用意した平板寒天培地を用いて,PECEにより集落形成が促進される細菌の分離・培養を試みる。 2. 分離された細菌株の細菌学的特徴の解明:分離した細菌株の系統解析を行う。PECEの有無により細菌の生理・代謝が異なるか,明らかにする。 3. PECEで集積培養される細菌群の探索:二槽培養器を用い,対象とする細菌群集の数および原生動物の種類を増やし,PECEで集積される細菌群を探索する。細菌群集の種構成を,細菌遺伝子の16SrRNA領域をターゲットとするPCR-DGGE法を用いて解析する。この実験の意義は,本研究においてかりにPECEにより集落形成が促進される細菌株の分離に成功するに至らないとしても,PECEに反応する細菌群が存在することを,培養法に依存することなしに示すことができることにある。難培養性細菌の分離という当初の目的は達成できなくとも,「食う-食われる」の関係以外の,細菌と原生生物との間のまだ知られていない相互関係を明らかにし,微生物生態学に新たな知見を提供することが期待できる。 4. 細菌の保存方法の検討:PECEを含む固形培地において室温保存,またはグリセロール溶液において凍結保存している細菌が増殖可能であるかを検討する。これらの方法で細菌が保存できないことが判明した場合は,室温における液体培養や,定期的(1週間~1ヶ月)な植え次ぎを繰り返すことなど,他の方法も検討する。
|