研究実績の概要 |
ATPase(以下F1)はアデノシン三リン酸(ATP)加水分解に駆動されて回転する分子モーターであり,分子構造変化と複数の中間反応を巧妙に組み合わせることで,効率よく化学エネルギーを回転の力学エネルギーに変換することができる分子機械として知られている。その際に, F1に結合したATP(以下、結合ATP)の加水分解については,反応生成物の結合解離過程と比べて回転に必要なトルク発生への寄与が少なく、放出エネルギーも全体から見て僅かであり、結合ATPの加水分解がF1の反応サイクルのなかでの役割、寄与度については,よくわかっていなかった。本研究では、恣意性をできるだけ挟まない形で、F1の回転時系列データから回転停止時間とその間の回転角度揺らぎの統計を解析するため、ノイズの性質をできるだけ仮定しない変化点解析とファジークラスタリングを組み合わせた手法を開発した。その手法とマイクロ秒時間分解能でのF1一分子の回転観察を組み合わせて、回転時系列データの回転停止プロセスのキネティックスを詳細に調べた。その結果、結合ATP加水分解反応は、トルクやエネルギー発生量が少ないにもかかわらず、回転角度が20度ほど変化させることで、リン酸解離反応の反応障壁を大きく減少させていること、すなわち、リン酸解離反応にかけられていた「ロック」を「解除」して(ATP加水分解→リン酸解離といった)正しい反応順序を維持するための「鍵」としての役割を担っていることを明らかにすることに成功した。 このほか、反応ネットワークにおいて、あるノードとあるノードを繋ぐ経路の多重性を考慮に入れつつ、ネットワークを縦断する任意の分断面のなかから、往来する時間スケールがもっとも遅い分断面をネットワークの遷移状態として定義し、既存の遷移状態理論を複数の素反応から構成される、より複雑なネットワーク系へ拡張することに成功した。
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