研究課題
ミトコンドリアは生体内のATPのほとんどを産生する「細胞の発電所」であり、生命の生と死を司る細胞小器官である。その起源は細胞内共生説、すなわち酸素呼吸能力を獲得した細菌が宿主細胞に共生し、そのゲノムの大部分を宿主核に移行させることで小器官化したと考えられている。現存するほとんどの真核生物のミトコンドリアには呼吸鎖関連の遺伝子をコードしたゲノムが今も存在しており、活性酸素種による酸化障害を受けて変異ゲノムの蓄積を引き起こし、難治疾患であるミトコンドリア病や老化の原因となる。一方、真核生物の進化の方向性を考えた場合、ミトコンドリア遺伝子群をより安全な核へ移管し、究極的には「ゲノムレス」のミトコンドリアが誕生すると想定できる。本研究の目的は、細胞内共生進化の最終段階を合成生物学的に実現し、それにより創成される細胞の生理機能を理解しようとするものである。本年度の研究で、目的タンパク質の遺伝子配列としてこれまで試してきたCOX3の代わりに、ATP9遺伝子を普遍暗号に対応するよう変更し、プレ配列をN末端に付加したものを、ATP合成酵素複合体の核コード遺伝子ATP2由来の5’-および3’-UTRの間に挿入した。人工遺伝子合成したATP9カセットをプラスミドにクローニングし、酵母細胞に導入、タンパク質の発現をウェスタンで確認したところ、ミトコンドリアゲノム由来のAtp9タンパク質のレベルより低いことがわかった。この原因として、疎水性の膜貫通ドメインが親水性の膜透過チャネルを効率よく通過できないこと、マトリックスへの輸送後の内膜への組込みが予想よりも難しいことが考えられる。
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