睡眠による記憶固定化は学習後の睡眠によって長期間持続する記憶として定着する現象だが,そのメカニズムは不明である。本研究では,時計遺伝子period (per)が睡眠による記憶固定化を調節する可能性を検証した。時計遺伝子per は概日リズム形成に必須であるが,長期記憶形成にも必須である。これまでの研究から,ハエ成虫脳の扇状体と呼ばれる脳領域の一部でGAL4が発現する系統 (OK348および drl[PGAL8])とUAS-perのF1個体ではGAL4発現細胞でperが過剰に発現して長期記憶が促進することを見出していた。PER抗体を用いた免疫染色の結果,OK348およびdrl[PGAL8]は,いずれもdorsal latera neurons (LNds)という6個の細胞集団と,ventral lateral neurons (LNvs)と呼ばれる概日時計ニューロンの一部でGAL4が発現していた。LNdsが長期記憶形成に関与するかどうかを明らかにするため, LNdsの一部の細胞でGAL4が発現しているものの,LNvsではGAL4が発現していない系統を33種類のGAL4系統の中から見出した。この系統を用いてLNdsにけるperの発現抑制実験を行ったところ,長期記憶は確認されなかった。また,LNdへのper過剰発現により長期記憶の促進が確認された。以上の結果から,LNdsはper依存的な長期記憶形成に必須であることが明らかになった。また,LNds特異的なper発現抑制は歩行活動の概日リズムや,昼夜の睡眠量には影響を与えなかった。一方,多くのcircadian clock neuronでGAL4が発現するtim-GAL4を用いてperの発現抑制を行った場合は,概日リズムの異常と夜の睡眠量の低下が確認された。これらの結果から,per発現ニューロンはリズム形成,睡眠調節,長期記憶形成に必要であるものの,LNdニューロンは主に長期記憶形成に重要な役割を担うことが明らかになった。
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