本研究は低温誘導をキーワードとして果実の成熟・落果と葉の紅葉、落葉を老化現象として一体的に捉え,共通する新規制御機構を解明しようとする先駆的取り組みである。多くの果実の成熟や葉の老化はエチレン誘導型制御系によって制御されていると考えられており、エチレンとは独立した制御系やエチレンの上位の制御系についてはRIN制御系を除いてほとんど解析されていない。その理由は研究の糸口となる現象や材料が乏しいことにある。筆者らの今回の解析によって、果実を常温に保持した際に誘導されるエチレン生成および果実の成熟・軟化は軟腐病によることが明確となり,罹病果からのエチレンの影響を適切に除外すれば、常温下でも2ヶ月以上に渡ってプレクライマクテリック状態を保持できることが明らかにした。一方,10℃以下の低温に保持した場合には、エチレン生成の誘導なしに、1、2ヶ月以内に成熟現象が顕著に進行することが確認された。エチレン処理果実および低温処理果実について、RNAseq解析による網羅的遺伝子発現解析を行ったところ,エチレン成熟と低温誘導成熟には両者に共通して誘導される636個の成熟関連遺伝子群が特定された一方で,エチレン成熟特異的遺伝子が2111個、低温成熟特異的遺伝子が467個見いだされた。この結果は、エチレン成熟と低温誘導成熟が異なる機構による成熟現象であることを明確に示すとともに、成熟・老化関連遺伝子信号伝達系の下流部では共通した機構があることを示している。さらに、Real-time-PCR法で成熟関連遺伝子発現を詳細に検討したところ、エチレン成熟と低温誘導成熟のそれぞれにおいて特異的に応答するNAC、ERF転写因子が明らかになった。これらの転写因子がそれぞれの成熟制御機構の鍵因子であることが推定される。これらの研究成果は、今後の果実成熟生理、葉の老化機構研究に大きな新展開をもたらすものである
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