小児インフルエンザ脳症は、乳幼児に発生する重篤な疾患であり、有効な治療法はない。インフルエンザウイルスの呼吸器感染に続発すると推測されているが、なぜ脳症を起こすのかは不明である。体内での過剰なサイトカイン産生が、脳血管透過性を亢進させると考えられているが、それらサイトカインがどこから来るのかは不明である。 あまり知られていないが、インフルエンザウイルスの株の中には、マウスやフェレットなどの哺乳動物に接種すると脳脊髄の神経細胞内を伝播・増殖するものがある。本研究では、インフルエンザ脳症の発生機序として、ウイルスの脳内への迷入が関与しているのではないかという仮説を立て、動物実験により検証することを目的とした。 2種類のマウス系統を使用して、呼吸器感染株であるA/Aichi/2/68(H3N2)ウイルスを接種した。いずれのマウスも広範囲にわたる鼻粘膜炎と軽度の肺炎を起こした。鼻粘膜の上皮細胞から嗅粘膜には、上皮細胞の壊死とウイルス抗原が観察された。これらの病変は各種脳神経(特に嗅神経)に隣接しており、中枢神経系にも機能的な影響を与えることが疑われた。しかしながら、脳症に類似した神経症状や病理組織学的所見は観察されなかった。また、ウイルス感染マウスの脳内に、不活化したウイルス粒子を少量投与することで、インターロイキン6遺伝子の脳内発現が上昇することがわかり、一部、脳症患者に類似の病態を再現することができた。以上の研究成果により、インフルエンザ脳症の発生機序に脳内での過剰なサイトカイン産生が関わること、その引き金としてウイルスの脳内への侵入が関わることが示唆された。さらに、粘膜免疫や抗サイトカイン療法が、インフルエンザ脳症の発生予防や治療に効果的であることが示唆された。
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