研究課題/領域番号 |
25660263
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研究種目 |
挑戦的萌芽研究
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
鈴木 雅京 東京大学, 新領域創成科学研究科, 准教授 (30360572)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 発生・分化 / 卵 / 受精 / 極体 / 胚子 / カイコ / 単為発生 / 卵黄細胞 |
研究概要 |
通常の方法(25℃飼育)で採卵したカイコの発生初期卵において将来オスが孵化することが予想される卵の中に雌の細胞が含まれていることを示唆する結果が得られた。このことから、我々はカイコの卵の中に受精核由来ではない雌細胞が含まれているのではないかと考察し、卵色マーカーであるpe遺伝子によるモザイク解析を行った。その結果、2750粒のうち849粒(30.8%)の卵で受精核とは異なる遺伝子型の漿液膜細胞が最大で18個形成されていることが判明した。さらに、遺伝子型に基づく解析を行ったところ、これらの漿液膜細胞は精核を含まず、極体核由来の細胞であることが明らかとなった。このような極体核由来の細胞が漿液膜ばかりでなく胚子を構成する細胞へと分化する可能性について検討するため、極体由来の漿液膜細胞の分布を調べた。その結果、これらの細胞は、胚子が発生する位置の反対側である前極背側に出現し、受精核由来の細胞に比べて数が非常に少なかったことから、胚子へと分化する可能性は低いと考えられた。以上の結果は、カイコの極体が必ずしも退化消失する運命にあるわけではなく、非常に高い頻度で増殖する場合があり、漿液膜細胞や卵黄細胞といった胚子以外の細胞に分化することで胚発生に寄与している可能性を示唆している。 さらにより直接的に極体核由来の細胞の卵内及び胚子における挙動を追跡するため、体全体でDsRedが強く発現するtransgeneをヘテロにもつトランスジェニックカイコ系統のメスと、野生型オスを交配し、DsRedの発現が見られない、すなわち受精核にDsRedアリルを含まない卵におけるDsRed発現細胞の分布を調べることにした。この場合、DsRed発現細胞は極体由来の細胞となる。その結果、卵黄細胞の中にDsRed陽性細胞が含まれることが確認されたが、胚子の中に再現性良くDsRed陽性細胞を見出すことはできなかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究計画書に記載した当初の予定では最終年度に計画されていた、極体由来の細胞の発生運命の追跡とその機能解析について詳細な解析を行うことにした。形質マーカーを用いた遺伝学的解析により、極体核由来の細胞が30%近くの個体で見られることを明らかにすることができた。これらの発見については既に国際誌に投稿し、一定の評価を得ることができた。しかし、この方法では卵表層に分布する極体核由来細胞の挙動しか観察することができず、極体核由来の細胞の数やその挙動についての全体像を把握することができなかった。そこでこの遺伝学的解析方法をさらに発展させ、DsRedマーカーを用いて直接的に極体核由来の細胞の卵内における局在を観察することにした。その結果、卵黄細胞の中にDsRed陽性細胞がモザイク状に存在することを突き止めることができた。胚子にもDsRed陽性細胞が見られるケースがあったが、PCRによる分子診断の結果とは相容れなかったため、この点については引き続き追試を行う必要がある。 いずれにせよ、卵内でも極体核由来の細胞が分裂し、卵黄細胞へと分化することを確認できたことから、極体核が従来考えられていたように退化消失してしまう運命にあるのではなく、活発に分裂し、やがて漿液膜細胞や卵黄細胞などに分化する分化能を有することをより確実に示すことができたといえる。この発見は、これまでのカイコの発生学の歴史に一石を投じる発見であり、高く評価することができる。 以上の理由より、これまでの研究はおおむね順調に進展しているとの自己評価を下した。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究成果により極体核が分裂能をもち、極体核由来の細胞が漿液膜細胞と卵黄細胞に分化する能力を有することが確認された。しかし、胚子を構成する細胞へ分化するかどうかという点については明らかにすることができなかった。その原因として、我々の研究室に蛍光実体顕微鏡がなく、DsRed陽性・陰性の個体を正確に選抜できなかったことが挙げられる。今年度は高性能の蛍光実体顕微鏡が利用できるので、この課題を克服し、昨年度と同様DsRedマーカー遺伝子をヘテロにもつメスと野生型オスを交配し、その結果得られた産下卵の中からDsRedの発現を示さない卵を蛍光実体顕微鏡下で正確に選び出し、それらの卵の胚子の中にDsRed陽性細胞が含まれるか否かを詳細に観察する。この場合、遺伝学的にはDsRed陽性細胞は極体核由来の細胞であると推測されるが、実験的にこの点について確認するため、DsRedマーカー遺伝子特異的プライマーを用いたPCRを行う。 我々の先行研究の結果、極体核由来の細胞は胚発生の後期には消失することがゲノムPCRによる確認されている。この点について細胞レベルで確認するため、上述のDsRedマーカーを用いた観察を胚発生の様々なステージにおける卵について行い、卵黄細胞(胚子でも検出されたのなら胚子)において検出されたDsRed細胞の数や局在の経時的推移について調べる。 次に極体活性化のメカニズムを理解する一助として、分裂した極体核のDNA及び染色体の性状に着目した解析を実施する。このために卵殻を除去し、酵素処理を施すことによって卵内の細胞を個々の細胞に分散させ、それらをフローサイトメトリーに掛けることによりDsRed陽性細胞のみを選別する。得られた細胞について抗メチル化DNA抗体、抗修飾ヒストン抗体、抗ヒストンバリアント抗体を用いた免疫染色を行い、共焦点レーザー顕微鏡による詳細な解析を行う。
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