前年度までの研究成果により、約30%のカイコ受精卵の漿液膜細胞において、極体核に発生起源をもつ細胞が含まれていることが、形質マーカーを用いて遺伝学的解析により明らかにされた。しかし、漿液膜細胞は胚体外組織であり、胚発生の途中で消失してしまうことから、上述の観察結果だけでは個体の発生に極体核由来の細胞が関わるかどうかわからない。そこで、極体核由来の細胞が胚子を構成する細胞へと分化する可能性について検討するため、体全体でDsRedが強く発現するtransgenic系統を実験に供試し、極体核由来の細胞の胚子における分布を追跡することにした。しかし、発生初期の胚子は卵黄細胞内に埋没しており、胚子と卵黄細胞塊を識別することが困難であることが判明したため、卵黄細胞と胚子を容易に識別する方法を考案することにした。様々な染色法を試した結果、カルセイン-AMを用いた生細胞染色を施すと、卵黄細胞は一切染色されず、胚子だけを容易に視認できることを突き止めることができた。DsRedを発現する細胞を追跡することで極体核由来の細胞の分布を調べた結果、卵黄細胞の中にDsRed陽性細胞が含まれることが確認されたが、胚子の中に再現性良くDsRed陽性細胞を確認することはできなかった。PCRにより極体核由来のマーカー遺伝子の増幅を行い、卵内に極体核由来細胞が含まれるか否かを確認したところ、受精後7日以後の卵ではマーカー遺伝子の増幅がみられなかった。以上の結果から、極体核由来の細胞は漿液膜細胞などの胚体外組織に分化することはできるものの、胚子を構成する細胞には分化し得ないことが予想された。
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