研究課題/領域番号 |
25660274
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
石川 尚人 筑波大学, 生命環境系, 助教 (20202963)
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研究分担者 |
後藤 正和 三重大学, 生物資源学研究科, 教授 (20144230)
川村 健介 広島大学, 国際協力研究科, 准教授 (90523746)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 中国内蒙古 / 草原退化 / 原因 / 物質循環 / 土壌リン / 土壌窒素 / 土壌成分収奪 / 土壌中リン枯渇 |
研究実績の概要 |
昨年度、内蒙古草原では過去50年間に土壌総リン含有率が約1/3~1/10に減少した可能性が示唆されたことから、土壌リン含有率低下が草原退化の原因として疑われた。そこで本年度は、当初の研究計画の施肥実験の処理区を新たな目的で再設定し、草量および植物中総リン含有率に及ぼすリン酸・窒素施肥の効果を調べた。
調査地を内蒙古四子王旗の荒漠草原およびシリンゴロ盟典型草原内に設定した。重過リン酸石灰および硫安を肥料とした。リン酸およびリン酸・窒素混合施肥区を設定し、0、2.5、5、10および20g/m2リン酸施肥(リン重量)区の5水準(各5m×5m)を、それぞれ、3地点ずつ設定した。リン酸・窒素混合施肥区では、全処理区に窒素重量25g/m2の硫安をした。約90日後、各処理区内に設置した3つのコドラート(1m×1m)内で植物採取および草量測定を行った。最もバイオマスの多い優占植物種(それぞれ、Stippa属およびLeymus chinensis)の総リン含有率を測定した。
四子王旗ではリン酸施肥により草量は有意に増加したが、シリンゴロ盟ではリン酸のみの施肥は草量に影響しなかった。両地区ともリン酸・窒素混合施肥区では2.5 g/m2施肥区で有意に草量が増加し、リン酸20 g/m2施肥区では無処理区の約2倍の草量であった。2.5~20g/m2のリン酸処理区の間には有意差は認められなかった。一方、両地区ともリン酸施肥量に応じて優占植物種中の総リン含有率は増加し、同時にN:P比は大きく減少した。優占植物中の総リン含有率が20g/m2処理区で最大になったものの、1980年代の同生育期の同種の植物種中の総リン含有率の記録値よりも低かった。以上の成績から、植物の生育に必要な元素として、四子王旗ではリン酸が第一制限元素、窒素が第二制限元素であり、シリンゴロ盟では両元素とも不足している可能性が示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
初年度に、採草地および放牧地土壌中の総窒素含有率および総リン含有率を調査士、総窒素含有率は放牧地に比べて採草地では高いのに対し、総P含有率に関しては逆に放牧地に比べて採草地では有意に低いことを明らかにし、このことから我々は、採草地では家畜の踏みつけなどによる土壌撹乱がないため、シアノバクテリアなどの窒素固定菌の活動が盛んであること、また、放牧地では家畜の糞尿によるリンの還元などにより土壌からのリンの収奪が採草地に比べて緩やかである可能性を示唆した。さらに我々は、過去のこの地域の記録を追跡し、調査地の現在の土壌中総リン含有率自体が、1960年代の記録の1/10程度であること、優占種Stippa属の総リン含有率は飼養標準の要求量を下回っていること、1980年代に記録された含有率の(0.23% DM)の1/5程度であることを発見し、この地域の土壌中総リンは既に枯渇しかけているという仮説をたてるに至った。もし、この仮説が真ならばリン施肥が草成長量に劇的な効果を有するという作業仮説を昨年度に検証し証明したが、ただし昨年度の結果からは、リンおよび窒素の両方の不足が疑われる結果となった。
従って、当初は草原保護を目的として現在内蒙古で行われている放牧地の採草地への転換の評価および土壌中総リンの枯渇までの年数の推定を行う予定であったが、放牧地の採草地への転換は物質循環の側面からは長期的には必ずしも植生退化の抑制に寄与せず、収奪的物質循環による重篤な植生退化を引き起こす原因と成り得ること、また、少なくとも土壌中に含まれるリンは現段階で植物の成長に不足していることが既に昨年度の段階で示された結果となり、当初の予定より大幅に研究が進んだものと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
昨年度の結果では、調査地の四子王旗およびシリンゴロ盟のどちらにおいても、リン酸施肥量を増やした場合、植物の成長量がさらに増加する傾向が認められた。しかし、この増加傾向は統計学的には有意ではなかったため、リン酸施肥量を20g/m2以上に増やした場合に、草成長量が増加するかどうかが疑問として残った。また、四子王旗のStippa属優占種およびシリンゴロ盟の優占種のLeymus chinensisの総リン含有率は、リン酸施肥量を増やすと直線的に有意に増加し、N/P比が直線的に低下した。一般的に、土壌中に植物の成長に十分以上のリン酸および窒素源が含有されている場合には、植物中の総窒素と総リンの比率は一定に保たれると考えられているため、リン酸施肥量をさらに増やした場合、これまでの成績以上に総リン酸含有率が増加しN/P比が低下するのかが疑問として残った。少なくとも1980年代のこれらの優占種は、これまでの施肥実験で得られた植物体よりも高い濃度の総リン含有率であった。
以上のことから、今年度は施肥量、特にリン酸施肥量を増やした場合の優占種の草量および総リン酸含有率への影響を調べる必要があろう。そこで、今年度の計画では、高い精度のデータが得られた場所・肥料・研究体制を変えずに、昨年度と同様の実験計画を繰り返す方針である。ただし、リン酸施肥量については大幅に増やした実験を行い、昨年度までの結果で疑問が残った問題について明らかにするための研究を推進する方策で今後取り組む予定である。
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