本研究の目的は,一酸化窒素(NO)結合性(S-ニトロシル化)タンパク質の網羅的スクリーニングを行い,その標的タンパク質の質的変化を明らかにすることであった.申請者が独自に開発した抗体アレイを使用したスクリーニング法によって,新たに50種の新規基質の単離に成功した.その中にこれまでに報告のないエピゲノム制御酵素が数種含まれていることを見出した.そこで,ヒストン脱アセチル化酵素について詳細な検討を行い,以下の知見を得た. ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)には多くのサブタイプがあるが,今回新たにHDAC6がNOの標的であることを明らかにした.HDAC6は細胞外あるいは細胞内から発生するNOによってもS-ニトロシル化されることを見いだした.リコンビナントHDAC6を使用して,その酵素活性に対するNOの効果を調べたところ,有意な抑制作用が観察された.さらに,HDAC6の基質として知られているαーチュブリンのアセチル化に対する影響を検討したところ,NO処理によってHDAC6活性が抑制された結果,チュブリンのアセチル化修飾が増加することがわかった.この増加はNO阻害薬によって減少することも確認した. したがって,NOはエピゲノム制御酵素として知られている種々の酵素をS-ニトロシル化修飾することでを活性調節していることが新たに分かった.これまで同定されてきたHDAC2に関しては,S-ニトロシル化は惹起するものの,酵素活性には直接影響しないことが分かっている.今回見いだしたHDAC6はHDAC2とは異なり,酵素活性を直接阻害することで基質修飾(アセチル化)に影響を及ぼすことが明らかとなった.HDAC6は変性タンパク質やユビキチン化タンパク質の無毒化などにも関わり,パーキンソン病などの神経変性疾患発症との関連性が指摘されている.今後は,神経細胞死におけるS-ニトロシル化HDAC6の病態生理的役割を解明することが重要と思われる.
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