研究課題
我々は,硫化水素イオン(HS-)が心筋梗塞後に生成される親電子物質を求核置換反応により直接消去し,慢性心不全を抑制する可能性を世界に先駆けて提案した。しかし,H2S/HS-が親電子物質を消去する分子実体であるかどうか,もし内因性の求核性シグナル分子であれば,H2S/HS-が心臓のレドックス恒常性維持に寄与するかどうかについては不明であった。そこで本研究では、内因性活性硫黄物質の分子実体を同定し,活性硫黄による心筋レドックス恒常性制御基盤を新たに構築することで,硫黄蓄積を主眼とした慢性心不全治療法の有効性を確立させることを目的とした。大腸菌から生成したヒト組み換えH-Rasタンパク質に親電子物質(8-nitro-cGMP)を処置すると,化学的には,システインのチオール基(Cys-S-)に8-nitro-cGMPが付加し,還元剤耐性のC-S共有結合(S-グアニル化修飾)を形成すると考えられる。しかし実際には,H-RasのS-グアニル化修飾が2-mercaptoethanolやTCEPなどの強還元剤処置によって抑制されることが確認された。また,sulfane sulfur(-S-S-)を特異的に検出する蛍光化学試薬を組み換えH-Rasタンパク質と試験管内で混ぜ合わせたところ,それだけで強い蛍光強度の増加が観察された。この結果は,タンパク質が翻訳・生成される過程でCysにポリ硫黄鎖を形成しており,これが活性硫黄の実体として働く可能性を示している。さらに,食品中にポリ硫黄を多く含むニンニクを混ぜた餌をマウスに1ヶ月間投与した後、心筋梗塞を行ったところ,心筋梗塞後の左心室リモデリングと心機能不全が有意に改善されることがわかった。以上の結果は,内因性ポリ硫黄を増やすことが慢性心不全の軽減につながることを強く示唆するものである。
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