研究課題
挑戦的萌芽研究
グリセロホスホコリン(GPC)はリン脂質のホスファチジルコリン(PC)から2つの脂肪酸が脱アシル化した構造を持つ。GPCが代謝されて生じるコリンは、メチル基の供給源、神経伝達物質アセチルコリンの前駆体、細胞膜リン脂質のPCやスフィンゴミエリンの構成要素などとして利用される。GPCやコリンは母乳や食事から外因性に供給される以外にも、主に肝臓や腎臓において細胞膜のPCから生合成されることが知られているが、この内因性供給経路に関わる酵素は分子的に同定されていなかった。我々は、iPLA2/PNPLAファミリーに属する機能未知分子PNPLA7がリゾホスファチジルコリン(LPC)を基質としてGPCを産生するリゾホスホリパーゼとして機能することを見出した。PNPLA7欠損マウスでは、肝臓においてGPCおよびコリン量が大きく減少し、成長遅延、早老、白色脂肪組織の褐色化と喪失、低血糖、ケトン体の増加、脂肪肝などの表現型を示した。これらの多くは長期のコリン・メチオニン欠乏食負荷によって起こるエネルギー代謝異常や恒常性破綻などの病態と共通し、より重篤であった。また、欠損マウスでは全身の消費エネルギーが増加する一方で、糖新生やVLDL分泌の低下により肝臓から全身に供給されるグルコースや脂質が減少していた。これらのエネルギー不足を補う手段として、ケトン体の原料となる脂肪酸を供給するために中性脂質の分解が促進され、白色脂肪組織の褐色化が進行することにより、脂肪組織の喪失が起こるものと結論した。したがって、PNPLA7はPCからGPCを産生する鍵酵素として機能し、Pnpla7欠損マウスが示す表現型の根本的な原因は、この代謝経路が遮断されると食餌からのコリン供給があっても深刻なコリン不足が生じることにあると結論した。
2: おおむね順調に進展している
PNPLA7欠損マウスの解析は順調に進んでおり、本酵素がGPC-コリン代謝の鍵分子であることが明らかとなった。これまで、GPCやコリンは母乳や食事から摂取する栄養素と考えられてきたが、膜PCから内因的に産生されるGPCとその下流のコリンの重要性は殆ど認識されていなかった。本研究は、肝臓においてPNPLA7(リゾホスホリパーゼ)により制御される内因性GPC-コリン産生経路が全身の代謝に極めて重大な影響を与えていることを世界で初めて明らかにしたものである。PNPLA7が属するホスホリパーゼA2ファミリーは、一般にリン脂質から(不飽和)脂肪酸を動員して脂質メディエーターの産生等を介して生命応答の調節に関わるものと考えられてきた。一方で、ホスホリパーゼA2反応のもうひとつの産物であるリゾリン脂質は、一部は脂質メディエーターとして機能するものの、その過度の蓄積は膜を溶解するため、リゾホスホリパーゼはリゾリン脂質を除去するための一種の解毒酵素とみなされてきた。しかしながら本研究は、PNPLA7がリゾホスホリパーゼとしてGPCコリン経路を作動させる重要な酵素であることを明らかにしたものであり、従来のリゾホスホリパーゼの存在意義に関する概念を根本から変えるとともに、脂質メディエーターに非依存的なホスホリパーゼA2ファミリーの新しい機能を同定したものとして高く評価できる。したがって、本研究は脂質代謝の研究領域において革新的な概念を導入するものであり、学術的価値は極めて高いといえる。
これまでは欠損マウスの個体レベルの表現型解析が主体であったため、細胞レベル、分子レベルでのPNPLA7の機能と調節機構を解明することが重要である。このため、(1)欠損マウス由来初代培養肝細胞あるいは脂肪細胞を用いて、PNPLA7が調節する代謝応答を精査する、(2) PNPLA7の活性制御機構について、発現制御やリン酸化などの翻訳後修飾を検証するとともに、会合蛋白の探索などを行う、(3) 欠損マウス由来細胞へのGPCあるいはコリンの添加による表現型の回復実験を行い、表現型がコリンの不足に起因することの確証を得る。更にPNPLA'欠損マウスは中枢神経系の異常、具体的には海馬CA3領域および大脳皮質 第II~III層の脱落、線条体の萎縮、脳室の拡大等、顕著な組織学的異常を認めていることから、特定のニューロンにおけるコリンリン脂質代謝やアセチルコリン生合成の低下に起因する可能性を予想し、これを検証する。また、GPC濃度がPNPLA7欠損の影響を殆ど受けない臓器では類縁酵素PNPLA6の関与が想定されることから、GPCの重要性を包括的に理解するためには、PNPLA6欠損マウスについても今後解析を進める必要がある。加えて、PNPLA7の上流に位置するホスホリパーゼA2 アイソザイム(PNPLA7の基質であるLPCを供給する酵素)の同定も進める。
第一の理由は、当該年度に解析を予定していたPNPLA7欠損マウス由来の肝細胞・脂肪細胞の初代培養系の最適化に時間を要したことである。この点については幸い実験条件を整えることができたので、次年度に解析を進める予定である。第二の理由は、PNPLA8欠損マウス(PNPLA7の上流に位置する酵素の第一候補)の繁殖が極めて悪く、十分な個体数を確保できず解析が大幅に遅延していることにある。GPCは精巣などの雄性生殖器においてオスモライトとして重要と考えられていることから、本欠損マウスの精巣ではGPCの不足により生殖異常を生じている可能性を想定している。しかしながら、産仔が全く得られない訳ではないので、交配を継続し得られた産仔を順次解析に用いることで対応する。PNPLA7欠損マウスの初代培養肝細胞・脂肪細胞を用いて、各細胞におけるPNPLA7の作用機序、局在性、発現調節、活性調節機構などを調べるとともに、メタボローム解析によって代謝物のフローを体系化する。PNPLA8欠損マウスについては、肝臓と脂肪組織の表現型解析を遂行し、特に肝臓のGPC-コリン代謝における本酵素の寄与を調べる。これらに加えて、当初計画にあるように、PNPLA7欠損マウスの中枢神経系の異常を精査する。
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J Hepatol.
巻: 59 ページ: 292-299
10.1016/j.jhep.2013.02.030