癌治療において薬剤を用いる化学療法は有効であるが、多くの場合正常組織への攻撃に伴う副作用を生じる。この副作用の問題を最小化するために、プロドラッグ技術と光化学を融合した新しい戦略を探索することを目的とした研究を展開した。プロドラッグとは、癌細胞内で高発現される酵素によって抗癌剤へと変換される薬剤である。代表的なものとしてドキシフルリジン(DF)があるが、細胞選択制は完全なものではない。しかし、これらを光照射により放出の場所を制御できれば劇的な副作用の軽減化を期待できる。本研究では、種々の光DF放出剤を設計・合成し、それらの光反応効率を調べ、さらに細胞への導入実験も行った。 溶液中の光反応では、新規に合成した光分解性ニトロキノリル基を有する光DF放出剤(1)が、代表的な光分解性保護基であるニトロベンジル基を持つ放出剤(2)よりも極めて高い量子収率で分解し、DFを放出できることが判明した。また、励起光の吸収量と量子収率の積で見積もられるDF放出能力を比較したところ、1は2の約20倍であり、優れた放出剤であることがわかった。量子収率に差を与える要因を光反応機構と分子構造の観点から議論したところ、立体効果によりメチレン連結部位の回転運動が抑制されると、ニトロ基酸素へのメチレン水素の移動が容易になり、量子収率の向上を招くと推察された。 続いて、1とそのアセトキシメチル置換体の生細胞への導入実験を行った。それぞれの分子を含む培地で細胞培養しHPLCおよびMSを用いて分析したところ、後者でのみ細胞膜透過性を示すことがわかった。その際、細胞内エステラーゼにより加水分解を受け、アセトキシメチル基からカルボキシ基へと変換された構造で滞留していた。また、この細胞への光照射を行ったところ、DFの放出とそれに起因すると考えられる細胞死も観測された。
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