研究課題/領域番号 |
25670156
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研究種目 |
挑戦的萌芽研究
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
五十嵐 和彦 東北大学, 医学(系)研究科(研究院), 教授 (00250738)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 細胞分化 / 転写因子 / クロマチン / 質量分析 |
研究概要 |
細胞分化の本質は、遺伝子発現を変え、その変動をクロマチンレベルで安定化することにある。細胞分化を制御する転写因子は、主に細胞特異的遺伝子の制御機構の解析や、細胞間の遺伝子発現パターンの違いをRNAレベルで比較することにより発見されてきた。しかし、マウスが有する2,348ヶの転写因子の多くは未だに機能が不明である。そこで本研究では、高感度質量分析器を用いて核の中に存在するタンパク質や、クロマチンに強く結合しているタンパク質のプロファイリングを行い、細胞間で定量比較することにより、細胞分化状態の誘導や維持に関わる転写因子とクロマチン構造制御因子を特定する。また、翻訳後修飾(リン酸化、アセチル化)も定量的比較できる測定法を開発する。これにより、機能未知の転写因子等の研究を進めるための基盤とする。今年度は、Bリンパ球株と形質細胞株を用いて、Bリンパ球から形質細胞へと分化する過程のタンパク質の量および翻訳後修飾を例として解析系を確立することを試みた。これら細胞を安定同位体標識アミノ酸存在下で長期間培養することで、タンパク質をそれぞれ特異的同位体で標識した細胞を用意した。ここから核を単離し、低塩濃度で抽出される核可溶性分画とクロマチン分画を調整した。二つの細胞から調整したものをそれぞれ等量混合した後にSDS-PAGEで分離し、移動度に従って12分画にさらに分けた。定法にしたがって処理し、LC-MS/MS解析を実施した。核抽出液でもクロマチン抽出液でも3000種を越えるタンパク質の相対定量に成功した。また量比についての再現性も高いことを確認した。さらに、転写因子のような存在量が低いものも多数定量できたことから、感度も十分に高いと考えられた。様々な工夫を組み合わせることで、定量性、感度、いずれの面でも再現性の高い相対比較法を確立することができたと結論した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
上に述べた解析手法では、転写因子のように存在量がごく低いものも多数相対定量することができた。例えばBリンパ球系転写因子であるPax5やBach2のmRNAは、Bリンパ球で発現し、形質細胞では発現が失われることが報告されてきた。今回の相対定量法では、Pax5とBach2はいずれもBリンパ球細胞株では形質細胞株と比較して10倍以上の蛋白質量であることが確認された。逆に形質細胞特異的転写因子であるBlimp-1のタンパク質はBリンパ球では形質細胞の1/10以下であった。このように、存在量が少なく分析が難しいとされてきた転写因子についても、分化段階の過程で存在量を相対定量していくことが可能となった。また、この相対定量ではタンパク質量のみならず、翻訳後修飾量の相対比較も可能であることを確認している。特にリン酸化やアセチル化の変動はある程度の感度で測定できる目処がたった。さらに、サンプル前処理に自動化二次元電気泳動装置を組み合わせることでさらに感度を上げることが可能になりつつある。これは企業との共同研究であり本萌芽研究自体というものではないのだが、本研究の目的を達成する上で重要な技術改良になりつつある。すなわち、自動化電気泳動装置であることからサンプル泳動パターンの再現性が高く、これを用いることでサンプル組成を単純化し、それにより感度をあげるという戦略である。このような発展性も現実的なものになっており、そして上に述べたように再現性と感度の高い相対定量質量分析法を確立できたという観点から、おおむね順調に進展していると評価するものである。
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今後の研究の推進方策 |
質量分析計を用いた相対定量法の信頼性を最大限高めるためには、それ以前の段階において実験操作上あるいは測定機器の性質上の原因で生じうる誤差を補正することが望ましい。まず、クロマチンタンパク質の収量の違いをサンプル間で補正することが必要であろう。これには、ヒストン由来のペプチドのうち修飾を受けないようなものを選んで、その量比で全体の解析結果に補正をかけることが考えられる。その後MS測定のためのサンプル処理およびMS測定時に生じうる誤差については、マウスのデータベースにはない配列のペプチドを予め一定量混入してサンプルを処理、測定、解析し、得られたそのペプチドの量比の値をもとに全体の結果に補正をかけることが考えられる。これらの手法を組み合わせて信頼性の高い定量比較を行う方法を確立する。 分化の過程で転写因子やクロマチンタンパク質が受ける翻訳後修飾、特にリン酸化とアセチル化の変動を網羅的に解析する。調製したクロマチンタンパク質をトリプシンなどで断片化した後、二酸化チタンビーズあるいは抗アセチル化リジン抗体を用いたアフィニティ精製によってそれぞれリン酸化ペプチド、アセチル化ペプチドを濃縮したうえでLC-MS/MS分析を行い、修飾を受けているタンパク質を同定する。さらに、この解析を前述のように定量的に行って、修飾を受けるタンパク質とその部位、修飾の種類や量などを異なる細胞間で比較できるようなデータを得る。 以上の測定データベースから、タンパク質モチーフに基づいて転写因子やクロマチン制御因子を抽出したリストを作成する。その中から、形質細胞分化に伴って量、あるいは翻訳後修飾が大きく変動するものをさらに絞りこむ。これらについて、ドメイン構造やその組み合わせ、タンパク質間相互作用、発現分布などに関する情報を公的データベースから取り込み、統合したデータベースを構築する。
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