細胞分化の本質は、遺伝子発現を変え、その変動をクロマチンレベルで安定化することにある。細胞分化を制御する転写因子は、主に細胞特異的遺伝子の制御機構の解析や、細胞間の遺伝子発現パターンの違いをRNAレベルで比較することにより発見されてきた。本研究では、高感度質量分析器を用いて核の中に存在するタンパク質や、クロマチンに強く結合しているタンパク質のプロファイリングを行い、細胞間で定量比較することにより、細胞分化状態の誘導や維持に関わる転写因子とクロマチン構造制御因子を特定することを試みた。まず、Bリンパ球株と形質細胞株を用いて、Bリンパ球から形質細胞へと分化する過程のタンパク質の量および翻訳後修飾を例として取りあげた。これら細胞を安定同位体標識アミノ酸存在下で長期間培養することで、タンパク質をそれぞれ特異的同位体で標識した細胞を用意した。ここから核を単離し、低塩濃度で抽出される核可溶性分画とクロマチン分画を調整した。二つの細胞から調整したものをそれぞれ等量混合した後にSDS-PAGEで分離し、移動度に従って12分画にさらに分けた。定法にしたがって処理し、LC-MS/MS解析を実施した。核抽出液でもクロマチン抽出液でも3000種を越えるタンパク質の相対定量に成功し、再現性も高いことを確認した。転写因子を多数定量できたことから、感度も十分に高い。この実験結果から、形質細胞分化に関わることが予想されるクロマチン因子をいくつか特定し、そのなかの1つについては機能解析を目指し、コンディショナルノックアウトマウスの作製を進めているところである。また、転写因子Bach2について、リン酸化部位の特定を進めた。上記実験で確立した相対定量の系を用いることで、B細胞ではBach2の72カ所のセリン、スレオニン残基がリン酸化されることを見いだした。さらにこの中の一カ所が機能制御に必須であることも証明した。
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