細胞老化は単なる不可逆的な細胞増殖の停止というだけでなく、アポトーシス(細胞死)を免れ、かつ癌に対する生体の防御機構であろうと考えられている。我々はMEF細胞より細胞老化関連因子TARSHを同定し、マウス、ヒト正常肺に特異的に発現すること、ヒトの肺癌細胞株や種々の肺癌組織においては正常部位と比較して、ほぼ全例で遺伝子発現が有意に低下していることを見出した。また、TARSH が関与する細胞老化は癌抑制遺伝子として知られるp53 依存的であることも示している。こうした知見を元にTARSHの発現が肺癌のバイオマーカーになり得るという検証とTARSH遺伝子の発現を制御することでヒト肺癌における新しい予防と治療法の確立を目指す事を目的に研究を進めている。 平成25年度までに、TARSH遺伝子プロモーター領域を同定するため、ENCODEによって決定されたクロマチン修飾情報を元に、UCSCゲノムブラウザを用いて、TARSH遺伝子の発現制御を担うと期待できる、それぞれ2~3 kbの長さの5領域を候補として選定した。また、TARSHとp53の、ヒト肺癌部位(T)と同一正常部位(N)における発現量比(T/Nratio)には正の相関関係がある結果を得た。 平成26年度は、TARSH遺伝子プロモーター候補領域の一部を挿入した、ルシフェレースレポーターベクターを作成し、これらの領域が、増殖を繰り返す培養細胞内でTARSHの発現を上昇させることを示した。一方で、血清飢餓や接触阻害による細胞周期の停止によって起こるTARSHの発現上昇に、これらの領域は関与していないことを明らかにした。また、TARSHの発現上昇にともなってTARSH mRNAの安定性は変化しないことから、TARSHの発現上昇は主に転写制御によるものであると示唆された。
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