本研究は、非機能的細胞外液形成による応力変化が血行・組織酸素化に及ぼす影響を加味した輸液理論構築にあたり、その基礎的知見を得る目的で実施した。関心臓器・組織として、循環不全の標的臓器となる腸管を選択した。基本的実験系は、家兎を用いて確立済みの血行動態/酸素代謝検出系を利用した。麻酔下、気管切開・調節呼吸し、関心臓器として単位長(約8cm)の空腸の腸管壁の口側・肛側をそれぞれ結紮したのち、約3cm粘膜面を露出して粘膜血流観測用ステージに固定した。同時に頸動脈圧、心拍出量(CO)(熱希釈法)、上腸間膜静脈血流(SMV)(超音波プローブ)をモニターした。細径フィラメント型光工学マノメータ(径200mFOP-OL-PT9-10、FISO Technologies社)を観察用小腸の粘膜下層の組織内に留置し連続モニターした。組織応力の増加が組織血流に与える影響について検討するため、小腸組織内への生理食塩水注入により60分間にわたり応力を上昇させながら粘膜血流を測定し、両者の関係を検討したところ、約+15mmHgまでの範囲では応力増加は粘膜血流に有意の影響を及ぼさなかった。一方で、E.coli O111由来の内毒素(LPS)1mg/kgを静脈内投与したLPS群、投与しない対照にそれぞれ輸液を行いながら、血行動態、腸管組織応力、腸管粘膜血流の経時的変化を240分間に渡って追跡した。両群ともCOに前値から240分値に至るまで有意の変化をみなかったが、SMVはLPS群で60分~240分の間有意に前値より増加(前値18ml/min/kgから26~31ml/min/kg)、粘膜血流は60分~90分の間有意に前値より低下(前値290PUから153PU)し、対照は有意の変化を来さなかった。LPS群、対照群とも組織応力増加は+3mmHgまでの範囲にとどまった。以上より、腸粘膜組織では、壁応力変化が組織血流に及ぼす影響は、病的メディエータ発現に比し小さく、腸管組織における壁応力増加から臓器・組織虚血を予見するのは困難と考えられた。
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