研究課題/領域番号 |
25700027
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
長井 志江 大阪大学, 工学研究科, 特任准教授(常勤) (30571632)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 認知発達ロボティクス / 自他認知 / 予測学習 |
研究実績の概要 |
平成26年度は,主に以下の3つの研究成果を挙げた. (1) 自他認知から社会的相互作用の発達を連続的に説明するモデルとして,昨年度に提案した感覚・運動情報の予測学習モデルを,計算論的視点から精緻化した.予測学習とは,自己の運動にともなって生じる感覚フィードバックと,運動指令の遠心性コピーから予測される感覚フィードバックの誤差が最小になるように,自己の内部モデル(予測器)を更新したり,適切な運動を生成することである.このモデルをより一般化し,多様な認知機能の発達を説明できるよう,感覚入力の多様化(内受容感覚や外受容感覚,自己受容感覚の取り扱い)と,予測を行う時間の定義,そして運動指令の予測の役割などについて議論した. (2) 上記のモデルをもとに,予測誤差の最小化を規範とした他者運動の予測と利他的行動の創発メカニズムを提案した.ロボットは自己の経験をもとに内部モデルを獲得し,自他が未分化な状態から内部モデルを,自他を含む全ての対象に適用することで,他者運動の予測と援助を行う.本モデルを計算機シミュレーションと実機ロボットに実装し,その有効性を確認した. (3) 内受容感覚に関わる自他認知として,情動の発達と認識モデルを検討した.これまでの予測学習モデルは,主に視覚などの外受容感覚と運動に関する自己受容感覚を扱っていたが,それを内受容感覚に応用することで,情動のような内部状態を表現することができる.本研究では,予測学習の観点から情動がどのように定義され,また自己と他者の内部状態の対応から,他者情動がどのように認識できるかを,人を対象とした心理実験により調べた. 以上の成果は,自他認知と社会的相互作用の発達において,感覚・運動情報の予測学習が重要な役割を担っていること,また,予測学習をさまざまなモダリティに拡張することで,運動発達から情動発達までを統一的に説明できることを示唆している.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
自他認知から社会的相互作用の発達を連続的に説明するメカニズムとして,感覚・運動情報の予測学習を基盤とした計算論的発達モデルを提案し,様々なロボット実験によってその有効性を示した.従来の計算論的メカニズムが発達の一側面のみをモデル化していたことに対して,本研究で提案するモデルは,多様な認知発達を統一的に説明しうる可能性をもつ. 本モデルの有効性を検証するため,平成26年度は,視覚と運動情報を用いた他者運動の予測とそれに基づく利他的行動の創発,そして内受容感覚に注目した情動の発達といった,感覚モダリティの多様化を試みた.情動に関しては理論的考察のみであるが,いずれの実験においても,感覚・運動情報の予測学習によって乳幼児特有の発達的現象が再現されており,提案モデルが真の発達原理を捉えていることを示唆している.さらに,本年度の成果は,来年度のさらなるモダリティの拡張と発達の時間的統合へ向けて,重要な役割を果たしている.
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今後の研究の推進方策 |
平成27年度は,これまでに開発した感覚・運動情報の予測学習モデルをさらに精緻化・拡張し,それを実装したロボットと人とのインタラクション実験を行うことで,さまざまな社会的認知機能が連続的に発達する過程を検証する.予測学習を通して獲得された予測器を,自己の運動生成だけではなく他者運動の理解に応用することで,自他認知を超えて,他者の行動意図の推測や,摸倣,利他的行動,そして情動を介したコミュニケーション能力が創発するメカニズムを明らかにする. また,上記のモデルに神経的・環境的変動を加えることで,自己の内部モデルの形成や他者の内部状態の理解にどのような発達障害が現れるのかを検証する.当事者研究者らが提案する情報のまとめあげ困難説に基づき,感覚・運動情報の予測学習における予測誤差への感度を調整することで,獲得される内部状態がどのように変化するのか,また,それが他者の内部状態の理解にどう影響するのかを,ロボットを用いた実験によって調べる. 計算論的モデルには,これまでと同様に,感覚・運動情報の時系列パターンを学習することのできる Recurrent Neural Network with Parametric Bias (RNNPB) (Tani & Ito, 2003) や Multiple Timescale Recurrent Neural Network (MTRNN) (Yamashita & Tani, 2008),また確率的な状態遷移の表現に適したマルコフモデルなどを利用する.これらの計算論的手法を用いて上記の仮説を検証し,実験結果の評価と仮説の精緻化を繰り返すことで,自他認知から心の理論の獲得に至るメカニズムを明らかにする. また,本研究課題の最終年度としてこれまでの成果を取りまとめ,国際・国内会議や学術雑誌等で発表する.
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次年度使用額が生じた理由 |
平成26年度は,初年度に購入したロボットを用いてモデルの検証実験を行ったため,当初予定していた2台目のロボットの購入には至らなかった.これは,モデルを精緻化する際に,2台のロボット間の相互作用を扱う以前に,個々のロボットが持つ複数の感覚信号の相互作用が重要であると判断したためである.それにより,モデルを複数モダリティに拡張することで,運動発達から情動発達までを統一的に説明しうることを示した.これは,発展的な計画の変更であり,来年度はこの成果をもとに複数のロボット間のインタラクション実験に拡張することで,運動と情動を介したインタラクション実験が可能となる.
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次年度使用額の使用計画 |
物品費は学習実験用の計算機と,インタラクション実験に用いるロボットの追加購入に充てる.特に,発達障害の要因を調べる実験では,計算論的モデルや環境因子にさまざまな摂動を加えた際の,発達様相を比較検討する必要がある.これを多様な条件で並列,かつ高速に実験を行うため,計算機の追加購入が必要である.また,ロボットを追加購入して,ロボット―ロボットのインタラクション実験を設計することで,環境因子のコントロールも可能となる. 人件費・謝金はロボットと人のインタラクション実験に用いる.提案する計算論的モデルを実装したロボットが,さまざまな被験者との相互作用を通してどのように自他認知機能を獲得するかを検証するため,実験補助員を雇って心理・行動実験を行う. 旅費は,本研究計画の最終年度として,主に研究代表者の学会発表に用いる.
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