研究課題
本研究の目的は ,①これまでの相対変動解析を主体とした生物源炭酸塩の安定同位体比による環境変動解析から,海洋そのものの同位体値復元に基づく絶対変動解析への変革を目指すこと,そのために②微小領域の安定同位体比分析を用いて海洋の底層・中層・表層それぞれの正確な同位体組成を抽出して鉛直構造を復元する方法を確立すること,また,③世界唯一の分析技術に対する国内外の幅広い需要に応えるために確固たる研究基盤を構築し,その維持と改良を継続することである.平成26年度は,導入した安定同位体比質量分析計の調整作業と精度検証および基礎実験を主に行った.この装置は連続フロー型安定同位体比質量分析計と自作の前処理システム(Ishimura et al., 2004, 2008)から構成され,炭酸塩試料と海水試料を分析した際の外部精度はδ13C・δ18Oともに±0.1‰程度であり.0.1 マイクログラム以上の炭酸塩(CO2で1nmolに相当)でも同位体比を測定できることがわかった.分析に必要な炭酸塩量は,最新の商用分析システムと比べても1/100以下での分析が可能であり,ナノグラムオーダーの炭酸塩の安定同位体組成を古海洋学・環境解析学に有用な精度で簡便に分析することが可能である.研究基盤の改良は現在も継続中であり,平成26年度は有孔虫を用いた絶対環境指標の構築に向けた研究成果を得ると共に,新たに魚類の耳石・有孔虫に関わる複数の共同研究も開始し,国内外の需要に応える体制が整った.
1: 当初の計画以上に進展している
本研究は世界で唯一の微量炭酸塩の安定同位体比分析システム(以下,微量分析システム)を活用することによってなされる研究である.微量分析システムは,昨年度茨城高専にて新たに研究基盤を整備し,調整作業と実際の運用を開始したところである.運用に先立ち,機器の設計や調整作業に難航が予想されたが,これまでの機器開発と運用の経験を活用することによって順調なトラブル対応と機器の立ち上げに成功した.この微量分析システムを用いた応用研究分野としては,環境解析学と地球化学を柱として,水産学,生物学など多岐にわたっており,現在は10以上の共同研究を推進中である.H25-H26年度は複数の研究機関から16名の研究者と7名の大学生・大学院生が訪問して研究打合せや分析見学などをおこなうなどし,他大学・研究機関との連携研究は加速度的に進んでいる.これらの研究体制を維持することによって,応用研究の拡大と未知の研究成果の獲得が可能であり,本研究目的の「研究基盤の整備と活用」「応用範囲の拡大」は大いに達成されている.
炭酸カルシウムで形成される魚類の耳石の酸素安定同位体比は生息環境の温度を反映し,また炭素安定同位体比が餌や代謝といった生体内の情報を反映することが近年の研究にて報告されている.さらに,耳石の日周輪形成とともにその日の安定同位体組成を記録する特徴を利用して,生態推定や環境指標への活用が期待されている.しかしながら,耳石を高解像度で成長段階ごとに切削し同位体比を定量するには,切削した極微量の粉末試料の回収方法の検討と,微少量での同位体分析の実践が必要であった.平成26年度に,マイクロドリルを用いて耳石の微小領域を手動で切削・回収し,微量炭酸塩安定同位体比質量分析システムを用いて予察的な安定同位体比測定をおこなった.結果,耳石に残された環境情報を数十マイクロメートルオーダーで詳細に分析できる能力があることを確認した.そこで平成27年度は,微小領域を精密に切削することができる高精度マイクロミルシステムを活用し,すでに回遊経路が解明されているマイワシの耳石を成長段階ごとに切削・回収し,それらの安定同位体比からマイワシの回遊履歴全体を再現できるかどうかについて検討する.また,有孔虫殻のδ13C とδ18O に殻重量の要素を加えた3要素を用いて殻成長過程の同位体組 成の変化を解明する試みを開始している.これまで成長段階による同位体組成の変化を明確に調べるためには,殻の成長部位を物理的に分離して分析する方法が一般的であった(Spero, 1997 など).しかし本研究では分析毎に炭酸塩重量を高感度で定量できる特性を生かし,ある時期に形成された殻の同位体組成のみを推定することができる.この研究手法は従来法に比べて信頼度の高い分析結果を得ることができ,有孔虫の付加殻から成長段階の同位体値を分離できる.この基礎データの集約と,その活用をめざす.
本研究課題初年に当たる平成26年度は機器の調整と応用研究の推進をおこなった.機器開発が順調に進んだため,当初の研究費使用予定スケジュールの変更をおこない,今後の調整作業に関わる経費へ繰り越すことにした.
これまでも関係研究者との連携による研究推進と基盤整備後の運用に重点を置きつつ,研究費使用計画も適宜調整しながら当該課題を推進しており,平成27年度も研究計画に沿って研究課題を推進できる予定である.次年度の研究費は,分析に関わる消耗品や試料選定および学会参加などの旅費,研究成果の取りまとめに用いる.
すべて 2015 2014
すべて 雑誌論文 (4件) (うち査読あり 4件、 謝辞記載あり 1件) 学会発表 (6件) (うち招待講演 1件)
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