ヒト頸髄介在ニューロン系をターゲットに、錐体路と末梢神経の連合性刺激を繰り返す(RCS)と、錐体路-頸髄介在ニューロン間(錐体路の間接経路)において、長期的シナプス増強が引き起こされる(平成25と26年度の研究成果)。しかしながら、RCS中、標的とする筋が活動していない場合(安静状態)、この効果は減弱する(長期的抑圧効果)。よって随意運動の困難な麻痺筋への応用は難しかった。 そこで、平成27年度、報告者は、安静筋(麻痺筋)へのさらなる可塑性誘導法と、運動機能への影響について検討を加えた。今回、標的となる頸髄介在ニューロン系は、前庭器官からの豊富な神経結合をもつことが、動物実験によって示されている。そこで、我々は、これらの神経結合を利用し、錐体路に長期的増強効果を引き起こすことを試みた。その結果、被験者に前庭刺激(ガルバニック前庭刺激)を与えている間、上述のRCSを行うと、たとえ標的筋が安静状態にあっても、錐体路(間接経路)興奮は有意に増大した。よって、麻痺筋のように随意運動が困難な場合でも、前庭刺激を加えることにより、脳からの運動経路の強化が期待できた。 上肢運動機能への効果については、まず健常被験者を用いて検討した。その結果、RCSの可塑性誘導後、最大肘屈曲力は、約20% 程度、有意に増強した。さらに、肘急速運動において、最大力および力成分の微分値は、有意に増大した。また、手指機能の評価として、10秒間テスト(10秒間で手のグーとパーを何回繰り返せるのかという臨床テスト)を行った。その結果、10分間のRCS後、その回数は有意に増大した。これらの運動機能向上は、第5頸髄に圧迫のある頚椎性頸髄症の患者(1名)においても、確認された。よって、我々の開発した非侵襲性脊髄刺激法は、運動系下行路システム、特に錐体路間接経路において長期増強効果を引き起こし、手指等の運動能力向上に寄与できるものと考えられた。
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