研究課題
本研究では、脳の中に相並ぶ神経回路およびグリア回路の間で、どのようにして情報が交換されているのかを明らかにし、グリア回路の活動が認知・学習・行動といった心の機能にいかに影響を与えているのか解明することを目的とする。この課題にせまるための強力なツールとして、光感受性分子を活用し、従来は不可能だった、神経やグリアに対する選択的な光刺激を行った。また、グリアの担う信号を計測するために、電気的に記録する方法に加え、二光子イメージング法やFRET法等の最新の光計測法を導入した。本研究では、ChR2やArchT等の光感受性分子を使って、グリア活動を自在に光制御するための技術を確立し、グリア活動と心の働きとの関連を探る。このため、1)急性脳スライス標本を用いた電気生理学実験、2)生きたままの動物からの光計測実験、および、3)動物が行動学習している最中での光刺激実験、の3つの実験を行っている。これまで、主に急性脳スライス標本を用いて実験をしたところ、神経細胞間での興奮性信号伝達に使われるのと全く同じグルタミン酸が、伝達物質としてグリアから放出されることが示された。グリアからの放出のメカニズムは、神経からの放出とは全く異なり、シナプス小胞からのCa2+依存性開口放出ではなく、DIDS感受性陰イオンチャンネルからのpH依存性放出であることが示唆された。また、グリア光刺激によってグルタミン酸が放出されると、神経細胞間のシナプス伝達が修飾されることも示された。そこで、引き続き、グリア光刺激時と同レベルのグリア細胞内pHやCa2+濃度変動が、生きているマウスの脳内でも生じているかどうかを明らかにする必要が出てきた。
2: おおむね順調に進展している
昨年度は、pH変動に特に感受性の高い蛍光タンパク質を、グリア細胞のうち、アストロサイトに高発現する遺伝子改変マウスの作製に成功した。動物の作製には、CRISPR/Cas9方式を利用したため、従来より、はるかに早く、動物を作製することができた。既に、動物の繁殖にも成功しており、すぐにでも、急性スライス標本および生きているマウスからの光ファイバーイメージングを行うことが可能である。細胞内pHの細胞機能に対する役割を探るうえで、極めて有用なツールができたわけであるが、動物のかけ合わせの組み合わせを変えるだけで、アストロサイトだけでなく、他のグリア細胞や神経細胞への発現も可能であり、今後の研究の幅も広がることが予想される。
今後は、まずは、上記、遺伝子改変マウスを使って、急性スライス標本を作製し、細胞内pH計測を高精度に行うための条件検討を進める。引き続き、生きているマウスの頭蓋骨に小さな窓を開け、そこに光ファイバーを通すことで、覚醒時行動中のマウスのグリア細胞内イオン濃度変動を実測することに挑戦する。また、単に自由行動下でのアストロサイトpHを測定するだけでなく、学習課題を遂行中でのpH計測も目指す。これまでのChR2やArchTのようにアストロサイト内のpHを人為的に操作する手段に加えて、アストロサイト内pHの実測できるようになれば、アストロサイトpHの機能的な意味を理解することができるようになると考えられる。
当該助成金は、新たに作製した遺伝子改変マウスを用いて、光ファイバーを使った脳内イメージングをするための費用としていた。遺伝子改変マウスは、従来と異なり、はるかに効率の良い方式を採用して作製することに成功したが、一方、光ファイバーイメージング装置のほうは、必要な仕様に変更が生じたため、新たに設計を改良するために時間が必要となったため、次年度使用額が生じた。
改良した設計のもと、光ファイバーイメージング装置を開発し、必要備品を購入する。また、開発した装置の設定や実際の使用には、専門的な知識と高度な手技が必要であると思われ、これを担うことができる技術員の人件費としても使用するため、現在の未使用金は、平成27年度分と合わせて使用する必要がある。
すべて 2015 2014 その他
すべて 雑誌論文 (3件) (うち査読あり 2件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (9件) (うち招待講演 6件) 備考 (1件)
Neuron
巻: 85 ページ: 145-158
http://dx.doi.org/10.1016/j.neuron.2014.11.019
Cell Reports
巻: 8 ページ: 311-318
10.1016/j.celrep.2014.05.056
日本臨牀
巻: 72 ページ: 2243-2249
http://www.ims.med.tohoku.ac.jp/matsui/