疫学統計に基づき未来を予測する予防医学の広まりに伴い、早期発見・早期介入の呼び声の元、心身の不調を何も感じていない個人にまで医学はその対象を広げている。しかしその一方で、その介入が確立に基づくものである限り、介入をしたら懸念されている疾患にならない、逆に、介入をせねば懸念されている疾患に罹患しないと言い切ることはできない。その意味で不確実性は常に残存する。 このような背景に基づき本研究は主に循環器疾患でのフィールドワークを中心に医療現場および患者の日常生活においていかに扱われるのかを明らかにすることを目指した。 5年間にわたるフィールドワークを通じて明らかになったのは、①医療者から患者への不確実性を伴う介入は、エビデンスのそのものの提示ではなく、むしろエビデンスのナラティブ化により信頼性が担保されていること、②患者は将来自分が何か重篤な病気になるかもしれないという不安を、身体感覚・知識・情報をそのつど組合せ、ありあわせの疾患理解を作り上げることを通じて対処しているということであった。またその一方で、エビデンスが作られ、かつ伝達される際の政治的な側面は、医療現場ではミュートされる傾向にあった。 本研究を踏まえた今後の研究の方向性としては、ある科学的知識が伝達される際の、受け手側の感情的な側面、およびその知識をもとに作り出される未来図を、エビデンスが作り出される現場、および伝えられる現場という包括的な空間において、描写する試みが必要であろうと思われる。
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