昨年度に引き続き,光パルス励起されたGaAs系超格子のテラヘルツ放射波形の温度依存性を調べた。特に,直流バイアス電場下において形成される等間隔のエネルギー準位(シュタルク梯子)に着目し,ボルツマン定数kと絶対温度Tの積が準位間隔を下回る状況から上回る状況へ移り変わるときに,電子のブロッホ振動を反映したテラヘルツ信号がどのように振る舞うかを精査した。
超格子試料において準位間隔が110Kに相当するようにバイアス電場を印加し,試料温度Tを80K(摂氏-193度)から150K(摂氏-123度)へ変化させたところ,テラヘルツ放射波形は-sin型の減衰振動を保ってほとんど変化しないことが分かった。これは,kTと準位間隔の間の大小関係にかかわらずブロッホ振動の初期位相が定まっており,シュタルク梯子上へ並進対称的に分布した電子がコンデンサーに類似した応答をしていることを意味する。さらに試料温度Tを298K(摂氏25度)まで上昇させたところ,ブロッホ振動の初期位相はほとんど変化せず,一方で減衰時間(位相緩和時間)は格子振動による電子散乱の影響で徐々に短くなることが分かった。
テラヘルツ放射波形から求められた複素伝導度スペクトルには,室温までブロッホ振動の初期位相が定まっていることを反映して,実部が負となる周波数領域が明確に現れた。これは,半導体超格子がその領域で負の抵抗率(または負の吸収係数)をもつ媒質として働くことを意味するので,室温までテラヘルツ電磁波の増幅利得を有することの直接的証拠である。キャリアの反転分布に基づく従来の増幅機構が基本的に準位間隔より大きいkTにおいて機能しづらくなるのと比べて,本研究成果は小型テラヘルツレーザーの室温動作と波長可変動作に向けて有望である。上記の内容を応用物理系の専門速報誌上で論文報告した。
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