研究課題
当初の計画では,昨年度までの陽電子の高効率入射の成果に基いて,ダイポール磁場配位において陽電子と電子との同時閉じ込めを実現する目論見であった.しかし,NEPOMUC低速陽電子源から定常的に供給されるビーム強度は,効果的なバンチング等を行わない単独ではプラズマを生成する事は著しく困難であり,さらに,入射の過程で様々な未解明の新しい現象が存在する事が明らかとなった.そこで本年度は,陽電子蓄積装置を使用した将来の電子陽電子プラズマ生成に向けて重要となる,回転電場を用いた陽電子の径方向圧縮実験や,ダイポール磁場配位における荷電粒子の物理に着目して,数値計算と実験を通した研究を実施した.陽電子入射実験では,ミュンヘン工科大学の研究用原子炉を用いた低速陽電子施設NEPOMUCにおいて,ダイポール磁場中への入射効率のさらなる向上と,入射後の径方向圧縮実験を行った.径方向電場及びマグネットに印加する電位の最適化により,5eVの定常陽電子ビームを100%に近い効率でダイポール磁場中へと入射する事に成功した.また,周回方向に分割した外周電極を使用して回転電場を印加する事により,陽電子軌道を有意に径方向に輸送する事を示した.また,高エネルギー陽電子の軌道がダイポール磁場中でカオスとなる現象を数値計算により詳細に調べると共に実験結果と比較し,放射線源から供給される陽電子の長時間閉じ込めの可能性を示した.これを回転電場による径方向輸送と組み合わせる事で,閉じ込め領域への陽電子入射が可能になる.これらの成果は,現在計画が進められている陽電子蓄積装置を用いた反物質プラズマ実験を可能にする上で有用な基礎研究と位置付けられる.
3: やや遅れている
上記の通り,当初予定していた電子と陽電子の同時閉じ込めによるプラズマの生成には至っていない.一方で,一連の開発研究と,主として数値計算によるダイポール磁場中の荷電粒子の運動の研究で進展が見られた.これらは,ダイポール磁場中の荷電粒子の挙動についての物理現象の基礎研究として,また将来の電子陽電子プラズマを実現する上で重要と考えられる.これらに基づく反物質プラズマの生成シナリオとしては,定常陽電子ビームをバッファガス方式による直線型の蓄積装置に多数捕獲した上,短時間で引き出し,ExBドリフトによるダイポール磁場中への入射の後,回転電場による径方向圧縮と高密度化を実現する事が実現可能と予測される.本研究では,この中でドリフト入射法と回転電場の効果について手法を確立する事が出来た.ミュンヘン工科大学では反物質プラズマ生成を目指す陽電子実験が継続して実施される計画であり,本計画で開発した手法は重要な役割を果たす事が期待される.また,ダイポール磁場中における荷電粒子のカオスと輸送については,粒子のトロイダル周回周波数程度の遅い時間スケールに着目した第三断熱不変量の非保存化を介した現象がよく知られている.こうした効果は,実験室にとどまらず天体現象における粒子輸送や構造形成に関して重要な役割を果たしている事が知られている.一方で,本研究で着目した高エネルギー荷電粒子の運動は,第一及び第二断熱不変量に関する非保存化を伴う現象の具体例である.こうした研究は,ダイポール磁場の持つ一般的な性質について,既存の研究と相補的に理解を深めるものと思われる.
本年度に発見したダイポール磁場配位における荷電粒子の径方向圧縮について,永久磁石を使用した装置における実験と数値計算による研究を行う.圧縮を実現する条件や効率について未解明の点が多いため,これらの理解を進める必要がある.陽電子の消滅ガンマ線を使用した計測を継続して実施し,実験結果と数値シミュレーションを高精度に比較する事が重要である.実験については,今年度までに主に実施してきた陽電子ビームを定常入射中の消滅ガンマ線計測に加えて,入射後に安定的に閉じ込められる少数の陽電子に対して回転電場を印加する事や,ゲート電圧の使用による陽電子ビームの短時間入射を行う事で,径方向輸送が実現される機構を理解したいと考えている.また,超伝導コイル巻線を用いたダイポール磁場による陽電子実験を計画しており,入射条件を数値計算により決定し,高効率の入射を実現する.磁気浮上配位では,浮上コイルと併せて閉じ込め領域の近傍に磁場ヌル線が生成させる事となり,これによる陽電子軌道のカオスの効果を含めて考慮し,より効率の優れた入射方式を開発する計画である.永久磁石と異なり,超伝導コイルでは閉じた磁力線を持つ閉じ込め配位を生成可能であり,この事が閉じ込め性能や電子との同時捕獲に与える影響を明らかにする必要がある.コイルの冷却励磁試験を経て超伝導ダイポール磁場装置をミュンヘン工科大学の陽電子実験施設のopen beam portに設置し,機械的支持状態での入射試験から陽電子実験を開始する計画である.
当初の計画では,ミュンヘン工科大学における永久磁石を使用した陽電子実験を早期に終了し,超伝導コイルを用いた入射及び閉じ込め実験を実施する計画であった.ビームタイムの変更に伴う遅れが生じ,超伝導コイルを用いた実験を次年度に行う事となったため,これに関連した経費を次年度に使用する事となった.
永久磁石装置による実験及び数値計算に基いて,作成した超伝導コイルを既存のマグネットと置き換え,新配位において消滅ガンマ線及び陽電子電流の計測による上記課題の研究を進める計画である.
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Physical Review E
巻: 94 ページ: 043203
10.1103/PhysRevE.94.043203
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10.1016/j.nima.2016.04.093