研究実績の概要 |
平成27年度は、光合成初期過程・光捕集系における電子エネルギー移動・初期電荷分離反応の量子ダイナミクス計算・理論解析を通して得た知見をもとに、有機分子結晶で見られる超高速シングレットフィッションが可能となる物理学的・物理化学的原因を明らかにする研究を開始した。
シングレット・フィッションは1つの一重項励起状態から2つの三重項状態が生じる過程であり、有機分子結晶で観測されており、有機太陽電池の光電変換効率を向上させる新たな指針の一つとして注目されている。スピンフリップを伴う分子過程であるにも関わらず、ペンタセンやその誘導体のいくつかの系では数百フェムト秒程度で起こることがレーザー分光実験によって示されている。多くの研究グループが実験・理論の両面から研究を進めているが、フィッションの過程や速度を支配する分子機構の詳細は現状では未解明である。
平成27年度は、シングレット・フィッション過程のダイナミクスを記述し得るハミルトニアンを構築し、我々がこれまで開発に寄与してき量子ダイナミクス理論に基いて数値的に正確に計算することで、新たな洞察を得ようとした。現段階は未だ準備研究の段階であるが、異なる分光実験グループが見出している(1)数種類のペンタセン誘導体のフィッション速度 (Yost et al, Nat. Chem. 6, 492 (2014).), (2)一重項状態と三重項状態ペアとの間の量子力学的非局在化状態 (Chan et al. Science 3, 34, 1541 (2011).), (3)フィッション速度の温度非依存性 (Chan et al. Nat. Chem. 4, 840 (2014)).を統括的に説明できつつある。これらの成果は, Journal of Physical Chemistry Letters 7, 363 (2016)として出版された。 本プロジェクトに関連して、日本、米国、韓国、香港、シンガポール、タイにおける会議において10件の招待講演、また日本、米国、韓国の大学・研究所において6件の依頼講演の機会を得た。
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今後の研究の推進方策 |
平成27年度に開始したシングレット・フィッションの理論解析は、未だ準備研究の段階であり、実験結果との定量的な比較・検討を可能とする、より詳細な理論モデルの構築が望まれる。実際、Kukuraらの実験により分子内振動の寄与が指摘されている (Musser et al, Nat. Phys. 11, 352 (2015))。平成28年度は、特に分子内振動などの寄与を取り入れた、より現実に即した理論モデルを構築し理論解析を進める必要がある。今後の研究の方向性としては、環境自由度やフォノンを制御することで注目する量子ダイナミクスを制御するエンバイロンメンタル・エンジニアリングの視点も念頭に置きながら、研究の展開を図りたい。
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