研究課題/領域番号 |
25711011
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
高橋 恒一 国立研究開発法人理化学研究所, 生命システム研究センター, チームリーダー (20514508)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 細胞シミュレーション / 並列化 / シグナル伝達 / 反応拡散 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、真核細胞スケールの信号伝達系を対象とする厳密な1分子粒度シミュレーションを実現するために、1000コア規模の大規模並列計算が可能な新規並列化手法「並列グリーン関数動力学法」を開発することである。これまでに分散・共有メモリで基本的な実装を終えた。続いて細胞膜やDNAなどの構造体との衝突・反応や構造体上での拡散を実現し、前年度は3次元で2粒子を含むグリーン関数を本並列化手法に取り入れて厳密・高速化を試みた。また、216コア並列までの性能評価により弱スケーリングを確認している。 本年度はまず次年度の本格的な運用に向けて、コードの見直しと性能評価に基づく実装の効率化を行った。また、構造体に関する計算を厳密に行うため、グリーン関数ライブラリの作成とポリゴン上での拡散反応に必要となる新たなグリーン関数の実装を行った。これまで、構造体との衝突・反応や構造体上での拡散には3次元と同じグリーン関数を利用するか、反応ブラウン動力学法による非効率的な計算を用いてきた。その結果、計算の厳密性と効率が失われていた。計算の厳密性はグリーン関数動力学法が持つ稀有な特性であり、非常に重要である。これを解決するため、非並列のグリーン関数動力学法で利用している複数のグリーン関数実装をライブラリとして独立させ、我々の並列化法に取り入れ、一般の研究者もグリーン関数を単独で利用できるように整備を行った。また、従来、構造体を表現するポリゴン上の拡散に用いられるグリーン関数は頂点を含むことができず、分子が頂点に近づくたびに低速な反応ブラウン動力学法を用いていた。そこで頂点を中心としたグリーン関数として、反射境界と吸収境界条件を持つくさび形上の解が利用できることを新たに考案、実装し、実際に利用可能であることを確認した。これにより、ポリゴン上でも頂点に妨げられず、効率的な拡散計算が可能となった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は新規並列計算技法の開発を行い、真核細胞のシグナル伝達系規模の問題に応用可能なものとすることである。今年度までに基本的なコードを実装するとともに、性能評価、応用に際し特別に必要となる種々の個別実装を済ませている。次年度はこれを具体的な問題に適用することで最終結果の評価を行う予定である。これは当初の進捗見込みに照らして順当であると考える。
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今後の研究の推進方策 |
今後の目的は、これまでに開発してきた新規並列計算技法を実際の問題に応用、性能を評価し、現実的に有用であることを示すことである。具体的な推進方策として、以下に述べる理由により、応用問題としては出芽酵母のフェロモン応答経路を対象とする予定である。第一にこれまでの性能評価により、典型的なシグナル伝達経路の総分子濃度である10マイクロモーラーを基準とした場合、1コアあたりの計算容積は0.1から1フェムトリットルが妥当であることが分かっており、1000並列だと0.1から1ピコリットル程度となる。出芽酵母は直径5マイクロメートルほどの球形をしており、適切な大きさである。第二に、出芽酵母は核や染色体を備えており、今後高等細胞へ応用する際の指針ともなる。第三に、出芽酵母、とくにフェロモン応答経路は歴史的によく研究されており、実験に基づくモデルも考案されているなど利用する対象としては理想的である。ただし、実際の簡単な性能評価の段階で、より大きなスケールの問題が好ましいと判断された場合には、上皮成長因子受容体経路など高等細胞のモデルを試みる。 最初は細胞膜と核膜のみを含み、膜上での分子の拡散は含まない単純な3次元の計算からはじめ、次に反応ネットワークを実際のものに即して複雑化していき、最終的に膜上での拡散や染色体構造に基づく遺伝子制御領域との相互作用までを含めるよう目指す。
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