日本の伝統的な醸造産業に用いられてきた麹菌Aspergillus oryzaeは多細胞生物であり、その菌糸において隣接する細胞は隔壁にあいた小さな穴(隔壁孔)を通じて細胞間連絡を行っている。本研究では、細胞間連絡を制御する分子機構を解明し、麹菌でまだ見つかっていない有性生殖におけるメカニズムとの関連に着目することにより、有性世代を発見することを目的とする。 研究代表者らは前年度までに、菌核の内部に形成された有性生殖器官様構造を麹菌で初めて観察し、麹菌の転写因子遺伝子破壊株ライブラリーから、遺伝子破壊により菌核形成数が増加するものを28株、減少するものを54株見いだした。 平成28年度は、遺伝子破壊によって分生子形成には影響を与えず、菌核形成は完全に抑制されるものなかから、機能未知の2つの転写因子を選び機能解析を行った。DNAマイクロアレイを用いて網羅的遺伝子発現解析を行った結果、両遺伝子破壊株で全遺伝子の1割前後において転写産物量が増加もしくは減少し、その大部分が両遺伝子破壊株に共通して変動していた。また、両遺伝子破壊株において共通して転写産物量が変動しているもので、菌核形成を負に制御すると考えられる転写因子遺伝子は3個が増加し、正に制御すると考えられる転写因子遺伝子は4個が減少していた。 さらに、有性生殖を行うことができる糸状菌Aspergillus nidulansにおいて、それぞれのオーソログ遺伝子を破壊した結果、有性生殖に異常が観察された。本研究で見いだした新規転写因子が菌核形成のみならず、糸状菌において有性生殖を含め広く分化の制御を担うことが示された。 今後は、これらの作用機構を解明することによって糸状菌の菌核形成や有性生殖のような分化機構に関する知見が得られ、麹菌における有性生殖の効率化に貢献することが期待される。
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