研究課題
ハンチントン病や筋強直性ジストロフィーなどのトリプレットリピート病では、CAGやCTGといった3塩基繰り返し配列(リピート)が異常に伸長しており、そのリピート長は症状の重症度と比例する。これらトリプレットリピート病患者では、年齢とともにリピート長がさらに伸長することにより、症状が進行するとされる。こうした症状進行の原因となるリピート伸長機構を解明するため、800のCTG・CAGリピートを持つヒト細胞モデル(HT1080)を用いて、リピート不安定性に関与する因子をそれぞれsiRNAにより抑制し、リピート長の変動をsmall pool PCR法により解析した。この結果、ヘアピン構造をとるリピート部分でのDNA・DNAミスマッチ形成を修復する蛋白であるMSH2やMSH3が、リピート長の数百にわたる大きな伸長を促進することが判明した。また、このような大きなリピート長の伸長を抑制できれば、トリプレットリピート病の進行を抑制することが可能となることから、ミスマッチ修復蛋白の作用を阻害する低分子化合物の効果も検証した。上述の800リピートを持つHT1080細胞モデルへ、ミスマッチ修復抑制作用をもつ低分子化合物を投与すると、リピートの伸長が予防できることを確認した。本年度の研究実績から、こうした作用をもつ低分子化合物は、トリプレットリピート病のリピート長のさらなる伸長を防ぎ、症状の進行を抑制する、新たな治療薬となる可能性が示された。
2: おおむね順調に進展している
ヒト細胞モデルHT1080での、siRNAを用いたリピート不安定性に関与する因子のノックダウンにより、MSH2やMSH3などのミスマッチ修復蛋白を始めとした、当初の予想を超える数のリピート伸長促進因子、短縮促進因子を同定することができた。また、CAGヘアピン結合低分子化合物であるNAの作用についても、in vitroプラスミドモデルでのミスマッチ修復蛋白結合抑制効果の確認や、蛍光標識化合物による細胞への核内移行性の確認を終え、細胞モデルでのリピート長伸長抑制効果も実証することができた。さらには当初予定していたとおり、クロマチン免疫沈降法により、細胞モデルでのNAによるミスマッチ修復蛋白結合作用の抑制効果も確認された。また、筋強直性ジストロフィー患者由来iPS細胞も、当初の予定を上回る4例での樹立に成功している。一方、ミスマッチ修復蛋白結合抑制作用をもつ、他の低分子化合物のハイスループットスクリーニングに関しては、当初予定していた海外共同研究機関からのリコンビナントMSH2発現ウイルスベクターの入手が困難となり、これにともなうリコンビナント蛋白合成・精製、およびハイスループットスクリーニングの開始に若干の遅延が生じた。
ヒト細胞モデルでリピート伸長抑制効果がみられた低分子化合物NAについて、ハンチントン病モデルマウス、筋強直性ジストロフィーモデルマウスへ投与して、その安全性と投与方法の確立、および生体内でのリピート伸長抑制効果を検証する。また、引き続きヒト細胞モデル(HT1080)やin vitroプラスミドシステムをもちいて、NAによるリピート伸長抑制作用について、ミスマッチ修復阻害以外にDNA:RNAハイブリッド(Rループ)形成やDNA複製抑制、RNAへの転写抑制といった他の機序の関与がないかも確認する。さらに、NAよりも強力なミスマッチ修復蛋白結合抑制作用をもつ低分子化合物を、ハイスループットスクリーニングシステムにより、大阪大学が有する化合物ライブラリから同定する。また、樹立が完了した筋強直性ジストロフィー患者由来iPS細胞を用いて、ジンクフィンガーヌクレアーゼやCRISPR-CAS9システムによるCTGリピート長短縮誘導法の確立を目指す。
平成25年8月までに海外共同研究機関よりリコンビナントMSH2発現ウイルスベクターを入手する予定であったが、同期間転居の際にベクターが所在不明になったことが判明した。同期間からの入手を諦め、MSH2クローニングから開始しウイルスベクターを再構築した。この結果、リコンビナントMSH2蛋白を用いたハイスループットスクリーニングの開始が5か月遅延した。
資材(リコンビナント蛋白発現ベクター)の入手難によりウイルスタイター測定・条件設定に使用する試薬40万円、リコンビナント蛋白発現に使用する試薬等30万円、リコンビナント蛋白精製に使用する試薬等50万円を平成26年度に繰り越す。平成26年8月にハイスループットスクリーニングを開始する。
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