本研究の目的は、観察者にとって重要な情報の見落としが生じる環境及び見落としの回避条件について明らかにすることであった。特に、現実世界の情報に対して、電子的に付加された情報が広視野に渡って突発的に重畳あるいは近接して出現・消失する「拡張現実」環境では、情報の見落としが頻発すると考えられるため、その環境を模した状況で心理物理実験をおこなった。 前年度は、オプティカルフローの生じる背景情報が存在する場合、情報が提示される視野位置に依存して見落としの生起頻度が変化することを確認した。そこで本年度は、昨年度の成果をより詳細に検討するため、オプティカルフローの運動方向及び立体感が見落としの生起頻度に与える影響を調べた。その結果、視野中央に重要情報が呈示される場合は、立体的なオプティカルフローが左右いずれかに生じる条件のみ、見落としの生起頻度が減少することが明らかになった。一方、視野周辺に重要情報が呈示される場合は、背景刺激によるオプティカルフローが前進運動感覚を生じさせる条件のみ、見落としの生起頻度が減少した。 以上の実験結果より、背景情報の存在によって重要情報の見落としが生じるが、背景情報によってあたかも自分自身が前進もしくは左右回転運動をしている感覚が生じる場合には、重要情報の見落としはむしろ減少する可能性が示唆された。この原因として、運動感覚の生起によって覚醒水準が向上し、一時的に注意機能が高まった可能性が考えられる。したがって、「拡張現実」においても、観察者の覚醒水準が高まる場面においては、重要情報を適切な視野に呈示することで見落としを回避できることを示すことができた。
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