本課題の目標は、重イオンビームが誘発するバイスタンダー効果(照射細胞で起こる何らかの作用により周辺の非照射細胞にも放射線の効果が伝わる現象)の時空間依存性を明らかにすることである。実験では、ヒト正常線維芽細胞WI-38株に炭素イオン(LETは108 keV/μm)又はガンマ線(0.2 keV/μm)を照射し、照射細胞と非照射細胞をメンブレンの上下側で共培養することで、バイスタンダー効果を誘導した。昨年度までに、照射細胞と共培養した非照射細胞の生存率と、細胞間情報伝達物質の一種である一酸化窒素が共培養液中で酸化して生じる亜硝酸イオンの濃度を測定することで、バイスタンダー効果による非照射細胞の生存率低下は共培養時間と線量に依存するが、線質には依存しないこと、生存率低下には一酸化窒素が関与しており、その産生量は線量とともに増加することを明らかにしてきた。そこで今年度は、バイスタンダー効果誘導の分子メカニズムを調べるため、照射細胞と2、6あるいは24時間共培養した非照射細胞からRNAを抽出し、合成したcDNAを用いて遺伝子発現量を測定した。細胞間情報伝達やアポトーシスなどに関与する426種類の遺伝子の発現量を、照射細胞と共培養した非照射細胞と対照細胞とで比較したところ、照射細胞と2あるいは6時間共培養した非照射細胞では、対照細胞と比べて、酸化ストレス、サイトカイン情報伝達、アポトーシス、DNA修復及び細胞周期停止に関与する13種類の遺伝子で発現量が2倍以上増加することを見出した。今年度に得た研究成果は、国内機関誌(JAEA Review及びIsotope News)と15th International Congress of Radiation Researchを含む国内外の会議で発表した。
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