本年度は主に以下の3つの観点から研究を行った。 1.疫学導入に関する国際的な契機について。主にハンセン病医学に関して、国際的な医学研究コミュニティにおける疫学研究の導入と展開の過程について、1920年代以降の国際連盟の動きを中心に明らかにすることとした。従来の研究では、ハンセン病医学に関する国際的な合意形成や議論の場としては1897年以降の国際癩会議を重視する傾向が強かったが、それとは異なる場として国際連盟保健委員会・癩委員会の役割を検討した。 2.近代日本医学における疫学理論の導入の過程について。医学の各分野における疫学導入に先立ち、感染症医学において疫学の理論化が推進される背景を検討した。ここでは、ハンセン病医学における疫学導入が、他の感染症研究に比べてどうであるかの比較を意識的に行った。 3.疫学研究と地域社会の構造把握について。日本の医学研究(主にハンセン病医学の分野)において、疫学研究が実践されていく過程を検討することで、医学者が疾病を通していかに地域社会における問題点をとらえようとしていたかを検討した。「社会問題」としての慢性感染症を解決するために用いられた疫学調査という方法論は、1920年代以降の社会医学の問題意識と通底する部分を持ち、半ば必然的に下層社会の「貧困」を析出するという方向性を有した。このことのはらんだ問題性を指摘しつつ、疫学調査の持つ地域資料としての新たな可能性を指摘した。
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