本研究では、質量分析を基盤としたプロテオミクス技術を用いることにより、文化財に残存する膠などのタンパク質成分を高感度で検出し、それらのアミノ酸配列情報から原料となった動物種や製造法などの当該文化財を特徴づける情報を読み解く手法論を提案する。 文化財に利用される膠は、それ自体がタンパク質(コラーゲン)の加工品であることから微生物による分解を受けやすく、また実際の文化財分析においては、極微量分析が求められると同時に不純物混入などの問題がある。しかしながら、本研究で提案するナノ液体クロマトグラフィーによる分離とエレクトロスプレーイオン化質量分析を組み合わせた手法により、極微量(数百マイクログラム)試料からもタンパク質同定が可能であることが示された。現在までに、平城京跡出土墨をはじめとして、相国寺旧境内出土櫛、ローマ期エジプトの三連祭壇画、さらには紀元前2360年にエジプトで建設された地下墓内壁画などの多様な文化財から膠もしくはコラーゲンを検出することができた。これらの成果から、広範な年代・地域に渡る文化財中にタンパク質が分析可能な状態で現存することを実証することができた。今後は、本手法の適用例を増やすと共に、分解・消失を長期間免れることができたメカニズムについても研究対象としたい。また、文献調査から、ウシ、ヤク、スイギュウ、イヌ、ブタ、イノシシ、ロバ、ウマ、シカ、ウサギ、そして、サカナ(ニベ、チョウザメ)など膠の原料生物は多岐に渡ることが明らかになっている。しかしながら、これらの多くは依然として塩基配列が解読されておらず、配列データベースとの照合を基本とするプロテオミクス解析の適用が困難であったが、少なくとも上記の生物種に関しては標準試料を独自に収集することで、解析対象とすることが可能となった。今後は継続的に文献調査を行い、標準試料ライブラリーの拡充を図る予定である。
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