健常な成人男性を対象にした上肢挙上における肩甲骨の3次元動作解析データを用いて、肩甲骨の3次元回転運動に関わる筋のモーメントアームを検討した。対象とした筋は、胸郭に起始を持ち肩甲骨に停止する僧帽筋、小胸筋、菱形筋、前鋸筋とした。各筋における筋束の走向は、既存の筋骨格モデルを各被験者にスケーリングして求めた。モーメントアームの算出には、肩甲骨の3次元運動を解析してヘリカルアクシスを求め、それを瞬間回転軸とした。この肩甲骨の瞬間回転軸を用いて、上肢挙上動作中の各筋のモーメントアーム、および、肩甲骨の運動への力学的貢献を検討した。 その結果、各筋のモーメントアームの大きさは、上肢挙上に伴って変化した。また、僧帽筋、小胸筋、菱形筋において、同一筋内の全ての筋束は、肩甲骨の回転に対し同様の働きをしていた。なお、僧帽筋は肩甲骨の回転方向に、小胸筋と菱形筋は回転方向とは反対向きにモーメントを発揮する状態であった。これに対し、前鋸筋では筋束によって肩甲骨回転への貢献が異なっていた。前鋸筋下部の筋束は肩甲骨の回転方向にモーメントを発揮する状態で、上部の筋束は反対向きにモーメントを発揮する状態であった。従って、上肢挙上における肩甲骨の回転には、僧帽筋と前鋸筋下部の働きが重要であると考えられる。また、小胸筋、菱形筋と前鋸筋上部は、肩甲骨の回転運動とは反対向きにモーメントを発揮する状態であったが、肩甲骨、および、その回転軸の位置と向きの決定因子として機能していると推察される。 従来、筋の萎縮や機能不全の状態などから、肩甲骨周辺筋の力学的機能は推定されていた。本研究によって、上記のように肩甲骨の3次元回転軸を基にモーメントアームを算出することにより、肩甲骨の3次元回転運動に対する各筋の力学的機能が定量的に示された。
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