研究課題/領域番号 |
25750330
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研究種目 |
若手研究(B)
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
寺田 新 東京大学, 総合文化研究科, 准教授 (00460048)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 骨格筋 / 糖輸送体GLUT-4 / トレーニング / マッスルメモリー |
研究概要 |
持久的なトレーニングは骨格筋の糖輸送体GLUT-4を増加させ、全身の糖代謝能を改善する。トレーニングによって増加した骨格筋のGLUT-4は、トレーニングを中断すると数日間のうちに元のレベルに戻ってしまう。本年度は、トレーニングによって生じたこのような代謝機能の変化の記憶が骨格筋に残されており、糖代謝能をいつでも良好な状態へと速やかに変えられるようになっているかを検討した。1日3時間の水泳トレーニングを10日間行わせたラットを1)トレーニング終了直後に解剖する群、2)1週間の脱トレーニング後に解剖する群、3)脱トレーニング後に再度一過性の水泳運動を行い、その翌日に解剖を行う群に分けた。1)と2)の群に対しては、トレーニングを行わない同週齢のラットをコントロール群として設け、3)の群に対しては、トレーニングを行わないラットと、トレーニングを行わないが最後に一過性の水泳運動だけを行う群を比較対照として設けた。それぞれのラットから滑車上筋を摘出し、GLUT-4発現量を測定した。その結果、トレーニング直後の骨格筋GLUT-4発現量は、コントロール群に比べて約2倍有意に高い値を示したが、脱トレーニングにより、GLUT-4発現量はコントロール群と同程度にまで減少した。脱トレーニング後に再度一過性の水泳運動を行ったラットでは、コントロール群に比べて有意に高いGLUT-4量を示したのに対し、トレーニング経験がなく一過性運動を行っただけのラットでは、一過性運動後のGLUT-4量の有意な増加は認められなかった。以上の結果から、トレーニングによって一度GLUT-4が増加した骨格筋では、脱トレーニングによりその適応が消失したとしても、再度運動刺激が加わった場合には、トレーニング効果が得やすい状態となっていること、すなわちトレーニングにより代謝機能にマッスルメモリーが形成される可能性が示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本年度は、骨格筋代謝機能におけるマッスルメモリーの保持期間の検討やマッスルメモリー形成に及ぼすトレーニング開始時期の違いによる影響の検討などを行う計画であった。しかしながら、脱トレーニング期間の延長にともない、ラットの水泳運動能力(技能)が大きく低下し、また若齢ラットに比べて成熟ラットの運動能力が著しく劣ってしまっていた。したがって、脱トレーニング期間やトレーニング開始時期の違いによる糖輸送体GLUT-4の発現動態の差異が、メタボリックメモリーによるものなのか、単に運動能力の違いによるものなのか判別することが難しく、これらの研究課題を詳細に検討することができなかった。ただし、短期間ではあるものの、運動トレーニングによってラット骨格筋の代謝機能にマッスルメモリーが形成される可能性を示唆する研究結果は得られたことから、この実験モデルを用いて、次年度はそのメカニズムを検討していく予定である。
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今後の研究の推進方策 |
栄養環境によって形成されたメタボリックメモリーの分子メカニズムとして、近年エピジェネティクスが注目されている。エピジェネティクスとは、DNAの塩基配列の変化を伴わない、後天的な遺伝子修飾(DNAメチル化、ヒストン化学修飾など)による遺伝子発現制御のことであり、環境因子への暴露がエピゲノム修飾として記憶されると考えられている。先行研究において、子宮内発育遅延状態で生まれたラットでは、骨格筋GLUT-4遺伝子のプロモーター領域におけるヒストンH3のアセチル化が成獣期においても減少しており、これによりGLUT-4遺伝子の発現量の低下さらには糖代謝能の悪化につながっている可能性が示唆されている。これらの先行研究の知見に基づき、我々は、トレーニング刺激が、ヒストンのアセチル化を長期間にわたって亢進し、その結果GLUT-4遺伝子が将来のトレーニング刺激に対して速やかに応答できる状態になっている、という仮説を立てて検証する予定である。具体的には、まずは骨格筋組織におけるヒストン全体のアセチル化動態を、ウエスタンブロッティング法を用いて検討する。さらに、骨格筋GLUT-4遺伝子のプロモーター領域におけるヒストンのアセチル化が特異的に亢進しているかどうかを、クロマチン免疫沈降法(ChiP Assay)を用いて検討する予定である。 また、ヒストンのアセチル化がGLUT-4の発現調節に関与しているのであれば、人為的にヒストンのアセチル化を亢進させることで、GLUT-4が発現しやすい状況を作り出すことができると考えられる。そこで、ヒストンのアセチル化を亢進することが知られている酪酸ナトリウムにより、骨格筋のGLUT-4の発現量が増加しやすくなるかどうかを検討していく予定である。
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次年度の研究費の使用計画 |
本年度は、運動によるマッスルメモリー形成の分子メカニズムを解明する実験に着手することができなかった。この分子メカニズムの研究には初年度よりも多くの研究費が必要となることが予想されたため、研究費を本年度中に使いきることなく、次年度に持ち越し、使用することとした。 次年度使用額(約40万円)を用いて、主にクロマチン免疫沈降アッセイ(ChiP Assay)用キットを購入し、GLUT-4遺伝子のプロモータ領域のヒストンアセチル化動態を検討する予定である。このキットは他の試薬類に比べて大変効果であるため、この次年度使用額を用いて購入する予定である。
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