科研費の最終年度における本年度は、2年間の研究のとりまとめとして、パレスチナ人の歴史家たちのナクバについての歴史記述の方法論の整理を行い、その成果を研究ノートとして日本中東学会年鑑第30巻1号(2014年7月発刊)「破壊されたパレスチナ人村落史の構築――対抗言説としてのオーラルヒストリー」として発表した。 本研究では、当初の予定通り、ヨルダン川西岸地区のビルゼイト大学から発刊されたパレスチナ人の村落地誌シリーズ『破壊されたパレスチナの村々』を研究対象として、その方法論の変遷を2期に分けて考察した。そこでは以下のような知見が得られた。これらの2つの時期においては、難民の証言に基づく村落史の構築が目指されていた点では共通しているが、第1期はイスラエル人との歴史認識論争にはとらわれない形で村落の多様性を掘り起こす方向が目指されており、パレスチナ社会像をより豊かにしようとする意図が存在していた。そこでは難民の証言は手段であり目的となっていた。対して第2期では、イスラエル人との歴史認識論争において争点となっていた問題について証言に基づいて回答を示すことを目的とし、結果、村民の追放という主題をより包括的かつ詳細に述べるテキストとなり、ナショナルな言説の確立を目指すものになった。 現実政治に照らせば、上記二つの方法論のうちより説得力をもつのは後者ということになる。現実政治では、政治課題に直接回答し、何らかの代表性が保証された語りの形式が求められるためである。この観点からはナショナルな歴史記述がもつ役割は大きい。しかし第1期地誌が明かす村落史の人間的側面は、近代化・資本主義化・都市化の流れと国際社会の政治決定から忘れ去られかねない村落の姿を映す貴重な史料である。それはパレスチナ社会を翻弄し続ける現実政治に対する、確かな抵抗の言説なのである。
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