本研究では、規範倫理学において徳倫理にはどのような意義があるのかを明らかにするとともに、アリストテレスの友愛論の研究を通じて「有徳な人」という概念を明らかにした。 規範倫理学の課題の一つは、正しい行為とはどのような行為かを説明することである。たとえば、代表的な道徳理論である功利主義では、正しい行為は選択可能な行為のうちで最大多数の最大幸福を実現しそうな行為であるとされる。義務論の場合には、適切な道徳原則と一致した行為が正しい行為とされる。これに対して、徳倫理では、行為者の身につけている徳が適切なかたちで発揮されるという観点から正しい行為が説明される。 徳を身につけることは長い時間を要するため、徳の観点から行為を評価することには、行為者の道徳性を通時的な視点から眺めることも含まれる。このことは、行為が正しいかどうかを考えるときだけでなく、個々の行為に対する行為者の責任を考察するときにも重要になる。以上、一年目と二年目の研究では、「正しい行為」と「行為者の道徳性の通時的発達」と「徳という観点から見た行為に対する行為者の責任」について、徳倫理の捉え方を考察した。 最終年度は、アリストテレスの友愛論を取り上げ、有徳な人にはどのような特徴があるのか考察した。アリストテレスによれば、有徳な人には純粋な利他性がそなわっている。つまり、利他的に見える多くの行為は、たいてい快や有用性を目的としてなされるのに対して、有徳な人はそのようなものを目的とすることなく利他的に行為する。もっとも、アリストテレスの場合、有徳な人は誰に対しても利他的な行為をするわけではなく、その意味で博愛という徳は必ずしも備わっていない。この点をどのように評価するか(アリストテレスの倫理思想の限界と捉えるべきなのか)は今後の課題である。
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