本研究は、古代グノーシス思想に特徴的な反宇宙的二元論との対比に基づきながら、主として20世紀フランスで展開された哲学思想に対する新しい視座を提示することを目指すものである。具体的には、ハイデガー存在論にグノーシス主義の再来を見たハンス・ヨナスの着想に倣いつつ、エマニュエル・レヴィナスとミシェル・アンリの現象学思想に潜むグノーシスの痕跡を抉り出した上で、類似のグノーシス的傾向をもった他の諸思考と比較し、その意義を検討した。これに関わる成果として以下の三つが挙げられる。 (1)アンリの現象学的二元論を古代グノーシス主義的な二元論と関連づけて論じ直す「ミシェル・アンリの二元論とその実存的含意」を公表した。そこでは、アンリの理論構成と非常によく似た二元論を展開しているカトリック近代主義の哲学者ラベルトニエールとの関係や、マルキオンとの予想外の接点を指摘しているが、こうした関係性は従来まったく論じられてこなかったため、一定の学問的意義があると思われる。 (2)論文「主体の手前――レヴィナスとアンリにおける無名性の問い」を学会誌に発表した。この中ではレヴィナスとアンリの思考法だけでなく、彼らと井筒俊彦やジョルジュ・バタイユとの思想的連関についても分析の対象とした。とくにレヴィナスとバタイユの関係については、論文「実存の眩暈――バタイユのレヴィナス読解をめぐって」の中でも考察を深めた。 (3)最終年度には、論文「E・レヴィナス「エロスの現象学」における二元性の問題」の中でレヴィナス思想におけるグノーシス的傾向と、それに対する反動ないし抵抗のあり方を彼のエロス論の中に探るという試みを行った。この観点からシモーヌ・ヴェイユの二元的思考との違いも明確になることが予想される。ヴェイユのグノーシス的傾向がもつ特色に関しては、年度末に推進した研究の成果を来年度の学会発表において公表する予定である。
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