16世紀から18世紀にかけてドイツ語で書かれた政治的文献の主要目的は「公共の福祉」の概念でもって表示されていた。そのため、主に近世ドイツ国家史論において公共の福祉論の研究が進められてきた。ところが、このような脈絡の中でライプニッツの公共の福祉論が取り上げられることはほとんどなかった。同時代の動向と軌を一にして、ライプニッツも自らの国家論の鍵概念として公共の福祉について詳細に述べているにもかかわらず、である。本研究は17~18世紀ドイツにおける公共の福祉論の展開という観点からライプニッツの所論の特徴と意義を明らかにすることを試みるものである。 ライプニッツの公共の福祉論と一口に言っても、その射程はきわめて広大である。その福祉政策上の提言は、経済、マニュファクチュア、教育、保健・衛生など、多方面にわたってなされる。本研究では、前年度に続き、特にライプニッツの保健・衛生行政論に注目する。 今年度は、ドイツ連邦共和国からセバスティアン・シュトルク博士を招き、「ライプニッツ時代の医学」「医学と保健衛生制度に対するライプニッツの諸貢献」と題する二つの講演を開催した。また、研究代表者自身も「医事と教会制度―ライプニッツの保健・衛生行政構想―」と題して学会発表をした。本発表において、研究代表者は近世ドイツにおける「宗派化」に関する近年の議論を参考にしながら、ライプニッツの保健・衛生行政論の特徴を明らかにしようとした。それによると、①ライプニッツが保健・衛生行政の主体として考えているのは、当時の領邦国家であること、②ライプニッツが保健・衛生行政の模範として想定しているのは、当時のプロテスタントの領邦教会制であること、③領邦教会制を保健・衛生行政の模範とする主な目的は、身体とその健康に対する、お上による同一的・均質的な管理と介入を可能にするシステムの確立であること、以上三点が明らかとなった。
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