本研究は、大谷大学図書館所蔵のチベット蔵外文献に収められている、『中辺分別論』のチベット人による註釈写本を研究対象とし、当該写本の読解を目的とする。世親が註釈をなした『中辺分別論』は、安慧のサンスクリット復註が現存し、それに基づき世親釈を読解することが瑜伽行唯識学派の思想研究の主たる方法である。しかし安慧釈の写本は右側3分の1が欠損している上、『中辺分別論』に対するインド撰述の註釈書は安慧釈以外現存しないことから、『中辺分別論』の正確な読解にはチベット撰述の註釈が重要な役割を持つ。よって本研究は、『中辺分別論』の内容理解の一助となる当該写本の読解を第一の目的とする。あわせて写本のデジタル撮影及び校訂テキストの作成を行い、両者をウェブ上に公開することを目指す。本研究対象写本の体裁は、全55葉、縦11cm、横63cmの大きさで、『中辺分別論』の偈をウチェン書体の朱字で書き、世親による註釈をウチェン書体の黒字で書き記している。各葉の行数は1葉目が3行、2葉目以降は4行で書写されている。この写本の特徴は『中辺分別論』が記されている行間に、ウメー書体で細かな註釈がほどこされている点にある。註釈部のウメー書体は、ウメー書体の発展過程にある書体であり、敦煌出土チベット語文献にみられる書体に近い。また当該写本と同様、行間に註釈をほどこしているスタイルをもつ写本はタボ寺発見のチベット語文献の中にみられ、当該写本の価値も非常に高い。 最終年度は、前年度までに実施した全55葉の写本の撮影データを基に、次の作業を開始した。翻字テキストの作成では、当該写本の『中辺 分別論』の偈について、北京版・デルゲ版をはじめとする大蔵経各版のテキストとの対校を行った。同様に世親釈についても大蔵経との対校を行った。また、ウメー書体部分は専門的知識が必要なため、先行研究者との意見交換を行った。
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