研究課題/領域番号 |
25770037
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研究機関 | 青山学院大学 |
研究代表者 |
沖本 幸子 青山学院大学, 総合文化政策学部, 准教授 (00508278)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 乱拍子 / 白拍子 / 翁 / 能 |
研究実績の概要 |
本年は、乱拍子研究、特に、白拍子・乱拍子と能〈翁〉の関係についての研究を進めた。特に、民俗芸能の〈翁〉を手掛かりに、白拍子・乱拍子とのかかわりを具体的に明らかにしようとした点に、最大の成果がある。〈翁〉については、おもに、思想的な側面、芸能者の信仰とのかかわりから研究が進められてきたが、本研究は、歴史的、文献学的研究と、民俗芸能のフィールドワークに基づく芸態の分析を統合させて、その成立に迫ろうとしたものである。 能楽成立以前の中世前期の芸能については、資料が少ないこともあって、そもそもあまり先行研究がない。そうした中で、乱舞(即興舞)として流行した、白拍子、乱拍子というリズムとその歌謡、芸能のありさまについて詳細に検討し、それらが貴族社会や寺院社会でどのように享受され、どのように新たな芸能を生み出ていったのか、また、猿楽に取り込まれ、能の根源ともいわれる〈翁〉をどのように生み出していったのか、具体的に明らかにしてきた点が、最大の成果である。 その成果を、大きく中世前期の芸能史の中に位置づけ、2016年2月に『乱舞の中世―白拍子・乱拍子・猿楽』(吉川弘文館)として刊行した。 一方、台湾の国立戯曲学院で開催された、舞台芸術に関する国際会議に招聘され、乱拍子、および、風流踊りについての報告を行ったことも一つの成果である。「研究と実践」という全体テーマの中で、歴史的な研究が、古典芸能の復元にどのような役割を果たしうるか、という観点から報告を行った。本報告は、歴史研究の現代的意味を再考するうえでも、よい機会となったが、一方で、台湾でのパフィーミング・アートの実践と研究が、ともに圧倒的なアメリカの影響に進んでいることも感じさせられ、日本のパフォーミング・アートの研究成果の報告の仕方について再考させられる機会ともなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
ほとんど先行研究のないなかで、白拍子、乱拍子を中心とする中世前期の芸能史、能楽前史についての研究成果をまとめ、一冊の書物として刊行できたことは、当初からの計画、目標でもあったとはいえ、大きな進展であった。 特に、もはや失われた芸能の身体性を明らかにするという困難な課題に対して、能への影響と継承という観点から、いくらかの道筋を見いだせた点は非常に大きな成果といえよう。たとえば、乱拍子、および、白拍子のセメの足拍子に注目し、また、板敷の舞台から、現在の能舞台に至る舞台の役割について検討する中で、単に「反閉」という言葉に回収されがちな、足を踏み鳴らすという行為の重要性について、違う観点から、改めて考えようとした点など、中世の身体を考えるうえで、新たにいくつかの手掛かりを見いだせた点は、計画以上の成果と言える。 また、歴史研究と民俗芸能研究の統合という、繊細かつ困難な課題に対して取り組もうとし、能楽の成立の研究に新しい角度から光を当てることができた点は、大きな成果といえよう。 さらに、台湾での国際会議に招聘され、中国、台湾、シンガポールなど、アジア圏の舞台芸術研究の現在に触れる機会を得、自分の研究を、もう少し大きな枠組みから考え直し、報告する機会を得られたことは、予想以上の進展と言える。
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今後の研究の推進方策 |
まずは、『乱舞の中世』の中に組み込むことができなかった、乱拍子の呪術性について明らかにしていくことが最大のテーマである。とくに、〈翁〉の発生ともかかわり、芸能研究はもちろんのこと、思想、宗教、建築など、さまざまな分野で議論になってきた摩多羅神と猿楽とのかかわりについて、乱拍子の関与を追う中で、再考していく必要を感じている。 実は、今年度までの研究は、これまでの〈翁〉研究とは、まったく違う方向から、すなわち、その芸態の変遷を追う中で、〈翁〉の成立、能楽の成立について考えようとしたものである。それに対して、摩多羅神と乱拍子、修正会における乱拍子の役割を明らかにすることで、これまでの研究に対しての本研究全体の位置づけを明確にすることができ、〈翁〉と猿楽の成立に関わる、もっとっも重要かつ本質的な問題への、自らのスタンスを明らかにすることができるようになるものと考えている。 これまで、〈翁〉は修正会から生まれたとされ、また、長らく翁=摩多羅神という説が定説となっていたところに、翁は摩多羅神ではないという説が近年提示されている。こうした定説、そして、今議論となっている説に対して、乱拍子、猿楽と修正会の関わり、摩多羅神と乱拍子との関わりを明らかにすることで、〈翁〉の成立について新たな視点を提示し、〈翁〉、猿楽の成立について、なんらかの道筋を見いだすことが最大の目標である。 また、風流踊りについては、韓国の「風流」なども視野に入れた比較研究の観点からの研究に着手していく所存である。日本語での文献に限りがあることが明らかになってきたため、英語圏、できれば、韓国語の文献も視野に入れながら、研究を推進していきたいと考えている。
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