今年度の研究の主軸は、中世の語り芸と乱拍子を今に伝える民俗芸能「題目立」の台本「大仏供養」の調査にあった。頻繁に上演される「厳島」に比べて、上演時間が長いことなどから、現地であまり奉納されなくなり、台本の読みや意味などがわかりにくくなっていたことから、台本確定の作業が必要となったものである。その台本の変容を、江戸時代のものから現在使用されているものに至るまですべてを対照させながら確認し、その上で、保存会とともに、本文のできる限りの確定を目指し、今後用いるたたき台となる台本を作成していった。 乱拍子と関わるのは最後のフショ舞の部分だけだが、それ以前の語りの部分を精査することで、題目立という、ほかに類例をみない芸能の個性や位置づけについて考え直す機会を得られたことは大きな収穫だった。その一部はエッセイ「中世の声を訪ねて-題目立の今」に記したが、今後の中世芸能史を考える上でも、題目立という芸能の息づかいを丹念に追うことができた点は大きい。 また、摩多羅神と乱拍子との関わりという観点から「〈翁〉生成の磁場-方堅・乱拍子・摩多羅神」(近刊予定)を執筆したことで、〈翁〉の発生と乱拍子、乱拍子の呪術性について新たな局面を提示できたのも、大きな収穫といえよう。 研究期間を通じて乱拍子の研究は飛躍的に進んだ。そのため、同時並行して進めるつもりだった風流踊りへの考察が十分に進まなかったことは悔やまれるが、乱拍子の研究を軸としながら2016年2月に刊行した『乱舞の中世-白拍子・乱拍子・猿楽』が、同年12月にサントリー学芸賞(文学・芸術部門)を受賞したことは、本研究が対外的に認知されたものとして大きな励みにもなった。
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