本研究は、トルコにおけるロマの音楽とその伝承の場と実態について検証することを目的とする。研究対象地として設定したのが、15世紀頃よりロマが定住してきたとされるイスタンブルのスルクレ地区である。2000年代に行政が主導する都市開発プロジェクトに飲み込まれたスルクレは、一帯すべてが取り壊されロマ・コミュニティが解体・離散する事態に直面した。本研究は、こうしたロマの「生きる場」が消滅する中で、音楽がどのような「形」をとって伝承されていくのかを問うものとなる。 上記の目的のため、本研究では、2010年にロマの手により設立された音楽アトリエの教育実態に着目し、同組織に関する基礎情報を収集してきた。しかし研究期間中に同機関が閉鎖されたことで実質的な内部検証が不可能となったことから、より多角的、歴史的な観点からスルクレという場、そしてロマと音楽との関係にアプローチすることを目指し研究計画の継続を図ってきた。 スルクレが、歴史的に優れたロマ音楽家の輩出地となってきたのは、口頭伝承や一子相伝という伝承スタイルが、日々の生活の中で営まれコミュニティの中で許容されてきたからである。しかし都市開発によってスルクレのロマたちが直面したのは、そうした「場」が西洋の音楽教育システムを基盤とする音楽学校に取って代わられる事態であった。この意味でロマたちは、スルクレという「音楽の場」を保持するためには、伝統的な教授法によって担保されるロマの本質を捨てなければならないというジレンマに直面することになったといえる。 本年度は、上記の内容を含め、これまでの資料調査および現地調査で得た情報もとにデータの整理ととりまとめをおこない、「スルクレにおける音楽の場と変容―トルコのロマとその音楽に関する予備的報告」(信州大学人文科学論集第4号、2017年3月、21頁~37頁)としてその成果報告をおこなった。
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