本研究においては、対抗宗教改革期のフィレンツェにおいて行われた既存の美術作品の再設定(改変や移設、再利用)について、その意図や必然性を、同時代の美術史・美術批評的概念を踏まえて分析した。16 世紀半ば以降、ルードスクリーンの撤去や聖職者席の移動など、聖堂の内部空間の抜本的な再構成を伴う改修事業が多数実施され、祭壇画をはじめとする既存の美術作品も多くの改変を受けた。本研究では特に、サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂およびサンタ・クローチェ聖堂の装飾を主たる研究対象とし、中世末からルネサンスに制作された作品に対する再設定を、ヴァザーリの『芸術家列伝』などに見られる同時代の言説と対照するという手法を採用した。 最終年度である2015年度においては、夏季のフィレンツェ調査、冬季のローマ・ベルリン調査などを通じて実施した文献調査・作品実見の内容をもとに、前年度までの研究の知見をより広範な文脈に位置付けることを目指した。その結果として、16世紀後半の聖堂改修における壁画の保存には、作品の持つ宗教的な意味合いや美的な価値に加えて、作品が制作された時期を考慮に入れた歴史的な評価が重要な要因として作用したことを示した。また、諸聖堂の改修は聖堂内部に統一的な装飾を施すことを目的の一つとしていた一方で、現実的には必要に応じて様々な方策を採用しながら、聖堂内部の新しい姿を作り出していくことになったことを跡付けた。これらの研究成果の一部は、「ヴァザーリ時代の史的美術批評とフィレンツェ諸聖堂改修におけるフレスコ画の保存」、『恵泉女学園大学紀要』28号、2016年として発表した。
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