今年度は、昨年度に引き続き、1970年代以降の日本における放送(とりわけテレビ)と音楽の密接な関係を考えるうえで最も重要な文化的構築物といえる、「アイドル」文化についての研究を進めた。その中心的な業績は、7月に行った国際ポピュラー音楽学会大会での研究発表である。1970年代から80年代におけるアイドル文化の形成におけるテレビの決定的な役割について強調したうえで、その役割が90年代には後退し、21世紀以降、インターネットと実演という両極に分岐するかたちで当該文化の再編が起こったと主張した。研究発表は概ね好評を得、狭義のポピュラー音楽研究者にとどまらず、ファンカルチャー研究やメディア史研究など、多様な学問的背景を有する世界各地の研究者と積極的に意見の交換を行うことができた。 さらに、近代日本における音楽文化とその歴史(及び歴史化の過程)に関する論文を著し、娯楽メディアであると同時に啓蒙メディアでもある放送が、近代日本の音楽文化の形成にどのような構成的な役割を果たしたのかについて論究した。 また、敗戦直後から1960年代初頭まで、つまりテレビが大衆文化の派遣を担う以前の代表的スターである美空ひばりについて批判的評伝を著した。そこでは、彼女の経歴が当時の代表的大衆娯楽メディアであった映画と結びついていたことを強調し、1970年代以降のテレビを主要なメディアとする新たな「アイドル」歌手のありかたと対照した。映画、テレビを問わず、「ドラマ」における「演技」という枠組みを通じて歌手の特質やその歌唱が意味づけられてゆくという点で、両者は明確に連続しているが、他方、映画とテレビのメディア的な差異も重要であり、連続と断絶の双方から「歌う俳優」または「演じる歌手」というありかたについて考察することの重要性を提起した。
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