本研究は、20世紀初期の録音を手掛かりに、文献資料や楽譜から得られる情報と相関させ、19世紀の演奏様式を捉えようというものであった。本研究により、彼らの演奏から、楽譜の解釈方法についての重要な視座を得た。 当時の楽譜には、それ以前の伝統的な楽譜の記譜方法で書かれたものと、実際に行う演奏を細かいアーティキュレーション等を用いてなるべく忠実に譜面に再現して書かれたものがあり、それらが混在している。前者は、当時の演奏慣習に則って演奏することを前提に書かれたものであるため、曲の構造はつかみやすく解釈に誤解を与える可能性は低いが、当時の演奏慣習を含んで演奏する必要がある。また後者は、非常に詳しく書き込まれているぶんだけ、音価やフレージングは指定に従うことができるが、その意味を捉えそこねると解釈を誤ってしまう。楽譜を文字通り「楽譜通りに」演奏する傾向にある現代の私たちは、当時の演奏慣習を無視して楽譜に記載された音価の通りに演奏するために本来の曲の性格を失ってしまったり(前者)、単に演奏のタイミングを示唆するために旋律と伴奏部分がずらされて書かれているのをシンコペーションと誤って解釈する(後者)、という誤りを犯しやすい。これら双方の点に気をつけ、当時の演奏家(特に作曲家と関連の深い演奏家)による演奏録音をもとに解釈することを試みた。 前年度はブラームスの作品を中心に検討したが、今年度(最終年度)は作品の対象を広げ、シューマンやショパンの楽譜についても検討し、彼らそれぞれの書法の特徴を明らかにすることに結びつけた。これらの成果については、学会発表や論文、そして雑誌の紙面で公開した。
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