本課題の研究期間後半は、中世王朝物語のひとつである『兵部卿物語』の注釈作業を継続して行ってきた。最終年度はその作業をまとめ、秋本吉徳(清泉女子大学名誉教授)と共編著の形で、注釈書(『兵部卿物語全釈』武蔵野書院)として刊行した。研究代表者は、本書において、「注釈」「評」「解説」を担当した。 『兵部卿物語』には、宮田和一郎による注釈(1956年)、妹尾好信・渕野百合子による訳注(1992・1993年)が既にあるが、いずれも活字本を底本として採用しており、本文自体が厳密さに欠けるものであったこと、また大学紀要に掲載されたものであることから一般には入手しづらいものであったことなど、いくつかの問題点があった。今回刊行した注釈書は、慶應義塾図書館蔵本を底本に、実践女子大学蔵本を校合本に用いることによって本文の信頼性を高めると同時に、近年の中世王朝物語研究の進展に対応した新たな視座からの注釈を収めている。本物語の研究史において、現段階でのひとつの到達点を示すものとなったと考えてよい。また、注釈のみならず現代語訳も収めたことにより、一般にもわかりやすい形で本物語を紹介することができたと考える。 本研究課題で考究してきた異ジャンルの作品との交渉については、2016年度の研究成果として報告した『徒然草』からの影響は、本作品全体を通して動かしがたいものであることが指摘できた。『徒然草』が広く読まれるようになったのが十七世紀以降だとすれば、本物語の成立はかなり時代が下ってからのものとなり、「中世」に成立したものかどうかも疑わしくなる。語釈の結果として、文法の乱れや、近世的な言い回しが散見されることも指摘し、本物語の位置づけについての再考を促した。
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